第89話 微かな光明

「アナスタシア!」


 授業が終わるなり、俺は彼女の席へ素早く移動した。珍しく俺が声をかけるものだから、アナスタシアが本を片手に驚いた。


「マリウス様? どうしたの?」


「急で悪いが、アナスタシアに頼みがある。集めてほしい情報があるんだ」


「情報?」


「ああ。呪いに関する情報だ。どんな些細なものでも構わない。金は払う。だから探してほしい。こういうことは商人のアナスタシアが一番だと思って」


「わかった」


「え」


 あっさりとアナスタシアは頷いた。まだロクに細かい説明もしていないというのに。


 思わず俺は、


「理由くらい聞かなくていいのか?」


 と彼女に問いかけてしまった。

 すると、アナスタシアはいつもの無表情のまま首をかしげて、


「必要? ボクは別になんでもいい。マリウス様の役に立てるなら、なんだって協力する。情報を集めるくらい任せて。あの日、そう誓ったもの」


「アナスタシア……」


 彼女がいう誓い。それは、俺が彼女を助けた日のこと。


 俺にとってはそこまで重要でもないことだが、アナスタシアにとっては違うらしい。無条件の信用と信頼。彼女の瞳にはそれがあった。


 助かる。今はただ助かる。俺は彼女に頭を下げてお礼を述べた。


「ありがとう。感謝する」


「いい。マリウス様に貰ったものを、私もマリウス様に返したい。それだけ」


 そう言って珍しくアナスタシアが微笑んだ。

 俺は友人に恵まれたものだ。改めてそれを実感する。


「じゃあ情報の方はアナスタシアに任せる。俺は俺で動くから、情報が手に入ったら教えてくれ」


「了解」


 話は終わった。俺は急いで踵を返す。情報集めはアナスタシアに任せ、俺は俺でティアラと行動するつもりだ。今回、フォルネイヤの呪いを解く鍵を握るのは、間違いなく彼女。聖属性の魔法に関しても学んでおかないといけない。


「——あれ? マリウスどこ行くの?」


「セシリア。悪い。急用があってな」


 教室を出る直前、逆に教室へ入ってきた彼女と鉢合わせる。挨拶もそこそこにセシリアの隣を通り抜けると、立ち去る前に腕を掴まれた。


「セシリア? 離してくれないか」


「待って。最近、マリウスってば全然わたし達に構ってくれないじゃない。コソコソなにしてるの? リリアが『ティアラ・カラー許さん』って言ってたけど、それと関係が?」


 おっと。なかなか聞き捨てならない言葉が聞こえた。

 そういや最近は彼女とばかりよく顔を合わせるな。……たまたまだけど。


「ちょっとした人助けだよ。気にしないでくれ」


「気になるわよ! 私たちにも言えないことなの? い、一応……私、ほら……未来の、お嫁さん、だし?」


「そんなこと言われても……」


 俺はまだそれを認めない。仮に未来の嫁だろうとなんだろうと、軽々しくフォルネイヤの秘密を打ち明ける気にはならかった。もじもじするセシリアを前にグッと本音を我慢する。


「相手の都合もある。許してくれ。その代わり……今度、埋め合わせはするから」


「……ほんと?」


「ほんとほんと。約束するよ。と言っても、あんまり変なこと言うなよ?」


「い、言わない。ちょっとだけ……一緒にデートできたら、私は……」


「うん? なんて?」


 急にごにょごにょ言い出すから聞き取りにくい。俺が再度セシリアに問うと、


「なんでもない! 頑張ってね!!」


 大声を出してから走り去って行った。


 はぁ?

 相変わらずテンションの上下が激しい奴だな。


 構わず俺は歩き出す。ティアラとは待ち合わせなどしていないが、何処に行くかくらいはなんとなく読める。


 どうせ、フォルネイヤの所だろう。

 急いで保健室へ向かった。




 ▼




「…………ダメ、か」


 慌しい日々が過ぎた。

 フォルネイヤの呪いを解くために、ここ数日で俺はあらゆる手を尽くした。


 その内の一つ、呪いを解くための道具やら話やらをアナスタシアに集めさせていたのだが……成果は乏しい。どれも聞いたことあるものや、眉唾の伝承みたいな内容が大半を占めていた。


 加えて道具。わざわざアナスタシアが揃えてくれたのは嬉しいが、ゴミばかり。精々が効果の低い聖属性魔法の代わりになるくらいの代物ばかりだ。これでは彼女は救えない。


「どれだけ集めてもこれ以上の収穫はなかった。ごめんなさい。あなたの力になれずに」


「いや……探す範囲が狭まっただけでも助かるよ。ありがとうアナスタシア。かかった費用はあとで請求してくれ。全部払うから」


「ん。いい。これくらいならマリウスから貰ったチョコのレシピで十分に賄える。というより、売り上げの一部も使ってないから気にしないで」


「それくらい」


「いい」


「アナスタシア……」


 ぴしゃりと拒否されてしまった。聖属性は希少な魔法だ。その効果と同じ恩恵を受けられる道具はそれなりに高いはず。だと言うのに彼女は退かない。仏頂面で本を読んでいた。


「ありがとう。一応、この道具は貰っておく。なにかの役に立つかもしれない」


「どうぞ。それより、呪いに関して研究でもしてるの? 闇属性魔法は謎が多い。あまりオススメしない」


「わかってるよ。けど安心してくれ。別に呪いの研究をしてるわけじゃないんだ。ちょっとした……人助けだよ」


「なるほど。マリウス様の知り合いにいるんだね。呪いにかかった人が」


「相変わらず察しがいいねアナスタシアは。その通り。だから、それを知った以上は見てみぬフリができないんだ。だから助ける」


「マリウス様らしい。頑張って。無理しないように」


「ああ。アナスタシアのおかげで無理しないで済んだよ」


「それならよかった。……また、何かあったら頼ってね」


「その時は遠慮なく。じゃあまたな」


 手を振って彼女と別れる。


 アナスタシアは他のヒロインと違って、俺を止めたり理由を尋ねたりしない。そっと背中を押してくれる。まさに友情って感じで俺は好きだ。


 心の底から彼女に感謝しつつ、俺は他の手を探した。




 ▼




 アナスタシアから情報と道具を貰ってさらに数日がたった。


 その間、俺もティアラもなにもできていない。めぼしい手段も解決方法への糸口も見つかっていなかった。いかんせん、闇属性の魔法は謎が多すぎる。実はその適正を持つマリウスの知識を持ってしても、妙案はまったく浮かばなかった。


「ッ!」


 いつものように、フォルネイヤに聖属性魔法の浄化をティアラが施す。だが、結果は——失敗。


 彼女の抱える闇を払うことはできない。


 諦めずにその後も何度も挑戦するが、結果はどれも同じだった。

 日に日に痩せ細るフォルネイヤを前に、ティアラは涙を流す。


「どうして……! どうして浄化できないの!? 一度でいいからフォルを助けてよ……何のための!」


「落ち着いて……ティアラ。私は感謝してるよ。ティアラのおかげでここまで生きてこられた。たとえ浄化ができなくても、私はティアラを恨んだりしない。恨むなんてこと、できるはずがない」


 そう言って彼女は、宝石のはめられたネックレスを握る。


 前に聞いたことがある。あれは二人が友情の証として購入したもの。宝石は偽物のガラスをそれっぽく見せてるだけで、平民のティアラでも買えるという理由で二人はお互いに同じネックレスを持ってる。


 ゲームにおいてのキーアイテムなのかなんだか知らないが、見せてもらったとき、俺は不思議ななにかをそれに感じた。しかし、もちろんそれがあっても彼女の呪いは解けない。そもそもただのアイテムだ。意味がない。


「だから顔を上げて? もっとあなたの可愛い顔を見せて? 最後くらいは、笑って見送ってほしいの……」


「フォル……! 最後なんて言わないで! 絶対に、絶対に私たちがあなたの呪いを解いてみせる!! どんな手を使ってでも……」


 大粒の涙を流しながら、彼女の視線はこちらへ向いた。無言の確認。それが意味するところは、最後の手段を使おうということ。


 もはやそれしかないのは明白だ。俺は頷き——かけて、その前に保健室の扉が開いた。




「やっぱりここにいた」


「アナスタシア?」




 入ってきたのは見知ったヒロインの一人。彼女は見たこともない水晶を手にしたまま俺の前までやってくると、その水晶を差し出す。そして言った。




「呪いを解くことができる道具。最後の一つを、手に入れた」

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