第91話 運命が示す
「会長が……いなくなった?」
今朝。慌てて俺の下へやってきたティアラからその話を聞いた。
ティアラ曰く、保健室からほとんど出ないはずの彼女が、今朝会いに行った時にはいなかったらしい。恐らく早朝か夜中のうちに保健室を出たのだろうとティアラは推測する。
「どうして急に一人で……」
「多分、フォルは一人で死ぬ気です」
「なに……?」
「フォルは、会長はクールで大人っぽくて大人しい人ですが、心の中では誰よりも他人を想いやれる人なんです。私たちに被害が及ぶ可能性の高い浄化を受け入れず、そんなことになるくらいなら一人で静かに死ぬ。そういう人なんです……」
もう耐え切れない、そう言わんばかりにティアラの双眸から涙がこぼれる。ぽろぽろと頬を伝い、床に落ちた。
「ティアラ嬢……君は、それを知ってもまだフォルネイヤ会長を探すつもりか? それとも、諦めて彼女の意思を尊重するのか?」
彼女の心が折れれば、浄化の計画もなにもない。このままフォルネイヤを死なせることを選ぶなら、俺だけでも彼女を救う道を探す。
どうしてそこまでするのか。付き合いの短い俺は、自分でも疑問だった。
あえて言葉にするとしたら……気に喰わないからだろう。
この世界はゲームの中だった。
少なくとも俺はそう認識していた。けど、しばらく過ごしてみて、それが間違いだったことを知る。
ここは現実だ。少なくとも彼女らにとってはまぎれもない現実だ。ならば、その命の尊さに基準はない。等しく救いたいと思ってしまう。
だから俺は、仮にティアラが諦めてもフォルネイヤを救う。その果てに、誰から恨まれたとしても後悔はしない。
「私は……私は! フォルを……会長を助けたい!!」
俺の気持ちに応えるかのように彼女は叫んだ。
声をふり絞って続ける。
「勝手に死んでほしくない! 少しは守らせてほしい! 私を支えてくれたように! もっとずっと私といてほしい! 私のためだなんて言わせない……私のためなら、私と生きてほしいの!!」
ああ……いい言葉だ。いい覚悟だ。いい想いだ。
彼女の気持ちは受け取った。
彼女の願いを受け取った。
ならば。
「だったら、行くぞ。フォルネイヤ生徒会長を探しに。こんな所で油を売ってる暇はない!」
ティアラの手を掴む。彼女は驚いて顔を上げるが、俺の行動を諌めようともしない。
共に床を蹴りあげ、勝手に全てを背負い込んで逃げた少女を追う。
あとは……時間との勝負だ。
▼
ひとまず俺とティアラは、ティアラの案内でフォルネイヤがいそうな場所をしらみつぶしに当たる。
だが、どこにも彼女の姿はない。当然だ。ティアラにわかる場所にいては、保健室から逃亡した意味がない。
けれどティアラの記憶以上の手掛かりはない。こうしてひたすら走ることしかできなかった。
「クソッ! 会長は一体どこにいるんだ……!? 街中を探し回らないとダメなのか?」
「それじゃあ時間がかかりすぎる! すでに呪いはかなり進行していました。そのうえで無理をしたなら、今のフォルの体力は……」
「危険な状態……か」
だとすれば余計にこの時間がもどかしい。かと言って手がかりはない。
思い出せ。なにか。なんでもいいから思い出せ。フォルネイヤ・スノー。この名前とサブキャラという設定に、なにか引っかかりを覚えているのに……思い出せない。
なにか、前世で友人が言ってたような……。
『聞いたかい!? あのサブキャラ……フォルネイヤ・スノーの……』
あとちょっと。やはり友人から何かを聞いた。その何かが、微妙に思い出せない。
その時の俺は、あいつの言葉をどうでもいいものとして処理したはずだ。
その内容は……。
ゴーン。ゴーン。
遠くから、鐘の音が聞こえた。
「っ! もうあんなに時間が……どうしよう。フォル……どこにいるの!?」
「鐘……教会の鐘の音か」
「え? ええ……一定の時間になると鳴るらしいですね。それより、フォルを探さないと……!」
「教会。鐘……教会?」
引っかかる。なにかが引っかかる。
教会。教会……教会?
『実はフォルネイヤ・スノーってキャラがさぁ』
……思い、出した!
「ティアラ嬢! 北区にある教会だ! 寂れて取り壊しが決まった教会に、フォルネイヤ生徒会長はいる!!」
「きょ、教会!? なんでそこにフォルが……」
「いいから走るぞ! 急げ!!」
俺は説明する暇も惜しいと彼女の手を握って走り出す。
そうだ。そうだった。
その教会は未だ取り壊しされていない古びた廃教会。彼女はそこにいる。彼女はそこを知っている。
彼女はそこで……果てる運命だった。
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