第87話 振り払う手

「呪い、だと?」


 そんな馬鹿な、と言いたくなる気持ちをグッと堪えた。


 呪い。それは、目の前の少女が持つ希少属性、<聖属性>の反対に位置する<闇属性>の魔法の一つ。


 闇属性の魔法は、他者へ干渉する効果のある魔法が多く、中でも特定の条件や効果を込めた呪いをかけることで、対象をじわりじわりと弱らせることができる。


 この設定は前世で知ったものと、マリウスとして勉強したものを含むため間違いないはずだ。


 しかし、呪い? ただでさえ聖属性と闇属性の魔法は希少だ。俺が知るかぎり闇属性の魔法が使える者などいない。にも関わらず、実際に目の前に呪いの影響を受けたフォルネイヤ会長がいる。


 ティアラがそれを知ってるということは、彼女の呪いの進行を防いでいたのは他でもないティアラだろう。聖属性は癒しの属性とも言われ、正反対の呪いを防いだり消し去ったりできるらしい。


「それが事実なら、どうして彼女はまだ呪われているんだ? 聖属性の魔法が使えるティアラ嬢なら、彼女の、会長の呪いも解けるんじゃ……」


「無理でした。私と出会った時にはすでに、会長の呪いは巨大なものへと変貌しており、精々が進行を遅らせる程度です」


 悔しそうに言ってティアラは続ける。


「恐らく会長の呪いを解くことができる人物はいない。いずれ、会長の命は尽きるでしょう。私が彼女に聞いた話では、呪いをかけられたのは恐らく十歳の頃。私と出会ったのが入学式の日なら、術者はそこまで力が強いわけではない。しかし、時間をかけすぎた……。もう、彼女の中で呪いは強大なものへと変わっている」


「十歳の頃……そんな昔から」


「闇属性の呪いは、その効果こそ陰湿で強力ですが、まともな効力が出るまで時間がかかります。とは言っても五年以上かかったことから、やはり呪いをかけた者はそこまで強い力を持っていません。それでも、呪いは時間の経過とともに強くなる。もっと早くに私がフォルと出会っていれば……」


「過ぎたことを考えるのはやめよう。もしもの話をしたところで意味はない。それより、なにか彼女の呪いを解く方法は他にないのか?」


「……ないこともありません。危険ではありますが、わかりやすくシンプルな方法が」


「どんな方法なんだ」


 実行してないあたり、内容はお察しだ。


「私が他の、魔力の多い人から魔力を受け取り、自分の魔法を無理やり強化する方法です。ご存知の通り、魔法とは込める魔力の量によっても効果を底上げできます。なので、その方法を使えばより私の使える魔法の効果を上げられるかと」


「ただ、その方法は……」


「はい。魔法の効果を無理やり上げると、それを制御するのが大変になります。恐らく二人がかりでも相当な難易度になるでしょう。おまけに、呪いを完全に浄化しきれないと、今度はこちらが呪いの影響を受ける可能性がある。私の予想では、むしろそうなる可能性の方が圧倒的に高いですね」


「そうか……」


 闇属性の呪いは、先ほどティアラが言ったように、効果を実感できるまでかなりの時間を有する。そんなことするくらいなら攻撃系の魔法で相手を殺した方が早い。


 だが、当然、呪いにもメリットはある。まず最も他の魔法に比べて有利な点は、闇属性の魔法は聖属性の魔法でしか防げないこと。これにより、闇属性の呪いを受けたものは、聖属性の魔法使いがいないと確実に死に至る。


 そして、たとえ聖属性の魔法使いがいたとしても、呪いは時間経過とともにより効果を強め、中途半端に呪いを消そうとすると、対象から剥がされた呪いが、次は他の者へ襲いかかる。


 そうなると最悪だ。ティアラがいるとはいえ、呪いの影響を絶対に一度は受けることになるからな。


 普通に考えて、誰もやりたいとは言わないだろう。


 ——俺以外はな。


「……わかった。協力しよう。会長の呪いを消し去るための魔力を、俺がお前に預ける」


「え!? き、危険ですよ! まず間違いなく会長の呪いを完全には消し去れない。その影響がどんなものになるのか……怖くはないんですか!?」


「怖くないと言えば嘘になる。が、それで彼女を見捨てるのも気分が悪いだろ? どうせ死にはしない。少し具合が悪くなる程度だ」


「厳密には、どんな効果があるのかまだ完全にはわかりません。もしかすると、追加でなにか仕組まれてる可能性だって……。やはり危険です」


「意外だな。お前はもっと飛びついてくるとかと思ったのに。助けたくないのか、フォルネイヤ会長を」


「助けたいに決まってるでしょ!? でも、そのためにマリウス様が犠牲になるのは……イヤです」


「俺が犠牲になると決まったわけじゃない。お前にだって同等のリスクはある。なら、俺たちは平等だろう?」


「私はフォルを助けられるならなんでもしますが、マリウス様は違うでしょう? ただの知り合いで、わざわざ危険を冒す必要は……」


 たしかにその通りだ。俺は彼女みたいに会長を「フォル」と言うほど親しいわけでもない。ほとんど赤の他人だ。


 けど、目の前に助けられる人間がいるにも関わらず、それを見捨てて平気な顔して生きられるほど、俺は非情にはなれない。


 お人よし? なんとでもいえ。前世の灰葉瞬としての意識が、それを許せないのだ。


 それに彼女はサブヒロイン。この世界を好きになった今の俺が、そんな彼女を見捨てるのは間違ってる。不思議と、そう思うのだ。


「問題ない。礼なら助けたあとで会長からたくさん貰うさ。侯爵令嬢ならそれもまた期待できるだろ?」


 俺が冗談っぽく言うと、ようやくティアラは諦めたのか、クスリと笑顔を浮かべる。

 そのとき。






「——その必要はないわ」






 ベッドで寝ていたフォルネイヤの声が聞こえた。


———————————————————————

あとがき。


フォルネイヤはヒロインじゃないの!本当だもん!

今はな‼︎



※明日は胸糞悪いことにバレンタインデーらしいです。渡す相手も貰う相手もいません。発狂しながらバレンタインデーの短編書きました。14日あした投稿!みんな爆ぜろ☆

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