バレンタインデー特別短編『ヒロイン達のチョコ作り』
バレンタインデー。
それは、恋する乙女が異性へ自らの想いを伝えるイベント。
もちろんそれ以外にも様々な気持ちを贈り合う。
時に友情を。時に家族愛を。時に感謝を。
しかし、ことこの物語において……バレンタインデーとは、とあるヒロイン達による熾烈な争いでもあった。
普段は仲良しな彼女たちも、笑顔の裏で同じことを考える。
「誰のチョコが一番マリウスは喜ぶのか」
ということを。
「……ねぇ、リリア。さっきからチョコに何を入れてるの?」
だだっ広い王城の一角。調理場にて、セシリアが怪訝な目でリリアを見つめながら言った。彼女はさも当然のような顔で首を傾げる。
「なにって……私の髪の毛ですが……どうかしました?」
「今すぐ止めなさい。マリウスになにを食べさせるつもり!?」
「私の愛……一部でしょうか」
「そんなドヤ顔で言っても許しません。マリウスがお腹でも壊したらどうするのよ!」
「ふふふ。私の愛は、マリウス様のお腹にも納まりきらないのですね」
「納まりきらないどころか、吐き出すと思うわよ……」
「マリウス様はそんなことしません! 私の手作りなんですから、きっと喜んでくれますよ! 好き嫌いがないことも確認済みです」
「髪の毛が食べられる人はまともじゃないから……お願いだから普通のチョコを作ってちょうだい……」
顔に手を当ててセシリアが疲労の篭った息を吐く。
そんな彼女の後ろで、もう一人の問題児が盛大に問題を起こしていた。
「でも私を止めるなら、あのお馬鹿さんは止めないでいいんですか?」
「え?」
セシリアが振り返る。
後ろでは、フローラが怪しい容器に入った液体をチョコの中に投入していた。
おそるおそる彼女は尋ねる。
「ね、ねぇ……フローラさん? その……それは、なにを入れてるの?」
「え? 媚薬ですけど」
「アウトォオオオオ!!」
慌ててチョコレートの入ったボウルを奪う。
「あ……なにするんですかセシリア様。それセシリア様の分じゃないですよ」
「頼まれたって食べないわよ! それより、媚薬入りのチョコなんてマリウスに食べさせられるわけないでしょ!? 馬鹿なの!?」
「えー? そんなこと言われても……明日のバレンタインデーは特別に、婚約者とか従姉妹とか関係なくチョコを渡してもいいって、リリア王女殿下が言ったんですよ? 妨害なし! ルールくらい守ってください!」
「あなたは節度を守りなさい」
「ちょっとエッチなことするだけですから! 先っぽだけ! いいでしょ!?」
「ダメです。調理場から追い出しますよ、フローラさん」
「むぐっ……」
リリアにまで釘を刺されれば、さすがのフローラも何も言えない。
ガックリと肩を落として新しいチョコを作りはじめる。
だが。
「リリア、あなたも作り直しよ?」
「なんで!?」
「当たり前じゃない……むしろ髪の毛なんか入ったチョコが許されると思ってたの? 最近のあなた……変よ」
「愛です」
「嫌がらせだから止めなさい」
ぎゃーぎゃー喚くリリアを無視して、彼女が作ったチョコを廃棄。
仕方なくリリアもまたチョコレートを作り直す。
「ぷぷ。王女様も変なものをマリウスくんに渡しちゃダメですよ~。髪の毛なんて食べたらお腹壊しますって~」
「あ? 媚薬入れるような人に言われたくないのですが……?」
「媚薬こそ愛だよ! 紡がれる想いが奇跡を起こすんです!」
「相手の同意なしに媚薬なんて盛ったら、そこに愛情なんてありません! 不健全です!」
「髪の毛いれる人に不健全とか言われたくない! ばっちい!」
「王女の髪の毛は綺麗です! 売れば大金が転がりこんできますよ!?」
「そんなの一部の変態だけでしょ……」
やれやれと、セシリアが二人の喧嘩を仲裁する。
同属嫌悪というかなんというか。二人は相変わらず仲が悪かった。
「いいから早くチョコレートを作りなさい。時間は無限じゃないのよ」
「そういうセシリアはどんなチョコレートを作っているんですか? 試しに見せてください」
「うえっ!? わ、私の、チョコレート!?」
「動揺がすごいですね……一体どれだけ卑猥なものを……」
「入れてません! 普通のチョコよ。普通の」
「と言いつつこちらがセシリア様のチョコレートでーす!」
「あ!?」
こっそり隠そうとしていたチョコレートを、フローラに奪われる。彼女は天高くそれを掲げて言った。
「ご覧ください! ハートマークのチョコです! 中心に大胆にも『好きです』って書いてある! うわ~……セシリア様ってなんて言うか……」
「やめてぇええええ!? なにも言わないでぇええええ!!」
セシリアの心が折れた。羞恥に負け、顔を真っ赤にしながらしゃがみ込む。
「むむむ……恐ろしいまでの乙女力……。こんな純粋な好意を伝えられたら、マリウス様も陥落してしまうのでは?」
「それはまずいですねぇ……いっそ、私たちで食べちゃいます? これ」
「悪くありませんね」
「お願いだから止めて!?」
必死に手を伸ばしてフローラからチョコを奪い返す。
「こ、これを食べていいのは……マリウスだけ、だから……」
「「…………」」
リリアとフローラが同時に唖然とする。
「「これが、女子力……」」
「え?」
二人は負けていた。そして気付かされてた。
目の前の乙女の圧倒的な女子力に。
片や自分の髪をチョコに入れる頭のおかしい王女と。
片や媚薬を盛ってエッチなことをしようとする破廉恥な令嬢。
そんな彼女たちの中で唯一、セシリアはまともだった。
「ねぇ……フローラさん」
「はい」
「さっきの媚薬、まだ残ってるかしら」
「ありますよ。どうぞ」
「ありがとう。私たちはもう……こんな手で戦うしかないわね」
「その通り」
「ダメって言ってるでしょ!?」
一方その頃。マリウスは、
「……ん。悪くない。マリウス様は甘いチョコと苦いチョコ、どっちが好き?」
「しいて言えば甘いチョコかな。甘いと食べやすい」
「了解。じゃあ砂糖はたくさん入れる」
「サンキュー」
オニキス商会のキッチンにて、アナスタシアとチョコレートを作っていた。
「……ふふ」
「ん? 急に笑ってどうした」
「楽しいなって。初めてチョコレートを知った時も、こうして二人でチョコを作った」
「あ~……そうだな。まだそんなに経ってないのに懐かしい気がするよ」
「ボク達だけの思い出。本当の意味でチョコレートを渡しあえるのは、ボクとマリウス様だけ」
「そうか? チョコと言えばバレンタイン! くらいのノリで教えたんだけどな……」
「だってチョコは、ボクとマリウスを繋ぐ運命の糸だから」
「なんだそれ」
意味わからん。と言いながらも、二人はなんとなくクスリと笑った。
彼は知らない。
密かに自分の貞操が狙われていることに。
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