第86話 呪い
中庭に見知った人物、フォルネイヤスノーが倒れていた。
俺は急いで彼女の下に駆け寄る。
「会長! こんな所でどうしたんですか!」
フォルネイヤの体にそっと触れると、体が小刻みに震えていた。意識はあるようだ。
何度も呼びかけていると、次第に彼女の意識がハッキリしていく。
「この、声は……マリウス公子、かしら」
「ああ。たまたま近くを通ったら会長が倒れていたから慌てましたよ。どこか具合でも悪いんですか?」
「具合……そう。また私は倒れたのね。ということは、もうあまり時間はない、か」
「会長……?」
どういう意味だ?
口ぶりから察するに、会長が倒れたのは今回がはじめてのことではないらしい。他の場所、もしくは家でも過去に何回か倒れているような口ぶりだ。
しかし、彼女はサブヒロイン。攻略ルートこそないが、ヒロインに次ぐ重要キャラのはず。モブよりはしっかりとした設定があるはずだが、フォルネイヤ・スノーが持病持ちだったとは知らなかった。
「悪いけど、立つのに手を貸してくれる? 多分、一人じゃ立てないと思うから」
「わかりました。どうぞ」
言われた通りに手を差し出す。
未だ具合の悪そうな顔をしたフォルネイヤ会長は、俺の手を掴んで立ち上がる。
しかし、
「ッ」
「おっと」
力の入らない両足は、彼女の意思に反して膝を折る。
まるで生まれたての小鹿のごとく、彼女はあっけなく地面へ再び腰をついた。
「ま、さか……もうここまで進行してるとは……残された時間は少ないのね……」
「会長は一体どんな病を患っているんですか? まだ若いというのに、まともに立つことすらできないなんて……」
「あら。レディに秘密を明かせって言うの? 残念ながら、部外者であるあなたには話せないわ」
「それはつまり、知ってる奴はいるんですね。
「……むしろ、両親には秘密にしてるくらいよ。私がこんな状態なんて知ったら、二人とも絶対に気にするもの」
「…………」
その気持ちはなんとなく理解できた。
マリウスの場合は、両親ともに仕事や領地の経営で忙しくてなかなか会う機会はないが、それでも愛されてる自覚はある。二人とも俺に会う度に嬉しそうに表情を崩すからな。
「わかりました。余計なことは聞きません。ただ、会長がまともに立って歩けないのなら、せめて保健室にくらいは運ばせてください。ここであなたを見捨てて教室へ帰るのは、嫌な気分になりそうだ」
「紳士的ね。さすがはリリア第三王女殿下の婚約者様。他の人に見られても、どうとでも説明はできるし……ごめんなさい。お願いできるかしら」
「これでも騎士として育てられた身だ。羽根のように軽い会長を抱っこしたまま保健室へ向かうのに、少しの体力も使いませんよ」
「ありがとう。マリウス公子」
お礼を言って彼女は俺の両手を受け入れた。
本当に軽いフォルネイヤ会長をそのまま抱きあげる。お姫様抱っこしたまま歩き出そうとすると、正面奥からまたしても知り合いがこちらに向かってくるのが見えた。
「! マリウス様! こんにち——え? か、会長!?」
ティアラだ。ティアラは俺に抱っこされた会長を見て表情を険しくさせる。
「ま、まさか会長とマリウス様が……そういう、関係だったなんて……ショック!」
「なに馬鹿な勘違いしてるんだ……フォルネイヤ会長がそこで倒れていたから、これから保健室に運ぶところだ。邪魔するならさっさと教室に帰ってくれ」
「会長が……倒れてた!? またなの!?」
「また? やっぱり会長は前にも倒れたことがあるのか」
「ティアラ……余計なこと、言わないの。知ったところで解決できないんだから……ぐっ!?」
「会長!」
俺の胸元で急に苦しみだしたフォルネイヤ会長。
自らの胸元をギュッと握り締めたまま彼女は気絶した。
「やっぱりだいぶ進行してる……最近は押さえられてると思ってたのに……会長、我慢してたんだ……」
「よくわからんが、早く保健室へ向かうぞ。事情を知ってるならティアラも一緒に来てくれ。万が一の時はお前に指示を仰ぎたい」
「う、うん! 任せて!」
ティアラと共に中央棟一階にある保健室を目指す。
フォルネイヤ会長を運びながら、ふと俺は思った。これも何かしらのイベントの始まりなのか、と。
だが、俺の記憶にあるイベントの中に、フォルネイヤが出てくるものなどなかった。一体、どうなっているのだろうか。
▼
ティアラを置いていかない程度の速度で走りながら、俺と彼女は保健室に辿り着く。
残念ながら専任の保険医は留守にしていたが、ベッドが空いていたのでそこにフォルネイヤ会長を寝かせた。
顔色の悪い彼女を見下ろしながら、ティアラは哀しそうに目尻を下げる。
「会長……もう時間が……」
「ティアラは知ってるんだな。フォルネイヤ会長の身に何が起きてるのか」
「うん……私は聖属性の魔法が使えるから、それ経由で知ることができた。でも、彼女の体を蝕むものを、私は治せない」
「そんなに深刻な病気なのか」
性別が変わってるとはいえ彼女はこのゲームの主人公だ。そんな彼女でも治せない病があるとは……いや、無理もない。いくら主人公とはいえ彼女も人間だ。最初から魔法の腕が神がかっていたわけではない。ヒロインとのイベントをこなして腕を磨く場面だってある。
それで言うと、彼女の邪魔をしたのは俺かもしれない。俺が、ヒロイン達と仲良くなったから……。
「会長の身を蝕んでいるのは、病じゃない」
「え?」
「会長は、幼い頃に何者かに呪われた。その呪いこそが、会長の体を蝕んでいるものの正体なの」
「呪い、だと?」
意を決したようにティアラは俺の顔を見ながら語る。自分の知る全てを。
———————————————————————
あとがき。
完結編スタート。
フォルネイヤはヒロインじゃありません!
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