呪いと旅立ち編
第85話 不穏な影
昼休み、俺とリリアは二人きりでラウンジにいた。テーブルには豪華な料理が並べられ、ニコニコ笑顔の彼女とともにそれを食べる。
だが、
「……あの、マリウス様? 先ほどからずっと私の顔を見てますが……なにか付いてますか?」
食事が始まってからずっと自分の顔を凝視してくる俺の奇行に、たまらずリリアが困惑気味に言う。
俺はスッと目を閉じて謝った。
「鬱陶しかったか。悪い」
「いえ。その……なんでだろうなぁ、と」
「他意はない。ただ、リリアの顔が相変わらずキレイだったから見惚れていた」
「えっ!?」
リリアが頬を引き攣らせる。まるで妖怪でも見たかのようだ。
「こ、今度はなんの冗談ですか? あまり変なことを言うとお父様が怒りますわよ?」
「冗談じゃない。これまであえて触れなかったが……リリアは可愛いよ。俺の婚約者にはもったいないくらい」
「そんな……あ、ありがとう、ございます」
俺が真顔で淡々と言うものだから、ポッとリリアの頬が赤くなる。照れたその表情も仕草もなにもかもが可愛かった。
さすがはメインヒロイン。有名な絵師が描いた彼女は、いざ自由恋愛が解禁された俺の目に黄金のように映った。
「でも、それを言うならマリウス様も素敵です。その整った顔は、一体どれだけの令嬢の心を奪ったことか」
「恋愛にはさして興味がなかったんだがな……」
「でしたらなぜ急に私の容姿をお褒めに?」
「ちょっとした不安が消えてね。前向きに自分の人生を見ることができて、ふと思ったんだ。こんなにキレイな子が、俺の婚約者なのかって」
「う、うぅっ! そんなキュンキュンすること言っても婚約は解消しませんからね! 私は絶対にマリウス様と結婚するんです!」
「わかってる。俺もリリアとの今後を真面目に考えるよ。今まで悪かった。俺は、リリアと向き合おうとはしなかったから」
「ま、マリウス様……?」
昨日、俺は決意した。学生としての三年間を全て彼女たちのために使うと。これまでの不義理を払拭するために、結婚するにしろ付き合うにしろ別れるにしろ振るにしろ、真剣に向き合おうと。
「リリアが俺を離さないと言うなら、俺もまたリリアの想いに答える。これまでの全てをひっくり返せるように……君と共に歩もう。どうか、都合のいい俺を許してくれ」
そう言って俺は席を立つ。リリアの前まで歩き、膝をついた。流れるような動作で彼女の手をとって、雪のごとく白いその甲に……キスをした。
錯乱? 別人格? 違う。
俺はただ、どうせ逃げられないのなら真面目に付き合おうと思っただけだ。もう彼女たちは俺が知るゲームのキャラクターじゃない。ただの一人の女の子だ。これを機に、俺もこの世界に染まる。マリウス・グレイロードとして。それだけだ。
「まま、ま、マリウス、マリウス様、が……あわわわわ!?」
おっと。どうやら情報量過多でリリアの思考がパンクした。全身から熱を吐き出し、病人みたいな真っ赤な顔で椅子に背中をあずける。
これは……問題なしってことでいいのかな? 気絶しながらもニヤニヤしてるし。
「リリア? おーい、リリアさーん……ダメだな。しばらくは、話せそうにない」
ぷしゅぅ、と考えることすら破棄した彼女をメイドに任せ、俺はクスリと笑いながら席に戻る。フォークとナイフを手に、リリアが目覚めるまでゆっくりと昼食を楽しんだ。
▼
「それじゃあ俺は先に戻る。くれぐれも授業には遅刻しないよう注意しろよ」
ラウンジで未だ目を回すリリアにそう言って俺は席を立った。
昼食は食べ終わったし、話し相手のリリアは羞恥が限界を上回って倒れたままだ。一人だと退屈なのでまだ時間に余裕があるうちに教室へ戻る。
「は、はいぃ……お気をつけてください、マリウス様……」
「こっちの台詞だよ」
最後にもう一度笑ってラウンジを出た。メイドがいるからリリアは平気だろう。中庭に繋がる渡り廊下を歩く。
ちらりと横へ視線を移すと、中庭には季節らしい多色の花が咲き誇っていた。思わず中履きのまま外へ出たくなる。しかし靴を汚すのも忍びない。俺はグッと我慢して歩みを進めた。
けれど、視線を逸らす直前になにかを捉える。反射的にまた視線を戻し、それが倒れてる生徒だとわかると。俺は急いで中庭の方へ走り出していた。
次第に人影が鮮明になる。すると、それは……。
「生徒、会長か……?」
他でもない、中庭に倒れていたのは、最近話したことのある……フォルネイヤ・スノーだった。
———————————————————————
あとがき。
念のためお伝えします。
前回のフローラの短編で書いた豊穣祭のお祭りデートはフローラのみの投稿。他のヒロインの分はありません!書くか......。
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