フローラ・サンタマリア短編『夫婦ごっこ』

 〝豊穣祭〟。

 それは、収穫の終わりを意味し、来年の豊作を願う祭。






「豊穣祭、楽しみだねマリウスくん」


 馬車に揺られながらフローラがニコニコと笑う。


「楽しみ……ね。去年も一昨年も見てまわったし、俺はそこそこ飽きた」


「ぶ~。そんなこと言わないで楽しもうよ! せっかくのお祭デートだよ? 少しは相手のことも考えてほしいなー」


「お祭デートねぇ……」


 フローラとで馬車に乗ってるのには理由がある。

 言葉にすると単純で頭痛がするが、まさに、俺は彼女とデートするところだった。




 ことの発端はリリアとセシリアとフローラ。

 三人揃って「お祭デートがしたい!」と豊穣祭がはじまる一週間前に言ってきた。


 去年、一昨年と同じだ。











「また豊穣祭を見てまわるのか? 毎年毎年よく飽きないな」


 グレイロード公爵家の客室に集まった俺とヒロイン達。

 開口一番にデートを所望する彼女たちへ、呆れた顔で言う。


「なに言ってるんですかマリウス様! 一年に一度のお祭デートだからこそ、特別感があるんです! 飽きるなんてとんでもない!」


「それに、もう少ししたら高等魔法学院に入学するでしょう? そうなったら、遊ぶ時間は極端に減ると思うの。祭に参加できないほどではないでしょうけど、今のうちに遊んでおきたいなぁって……ダメ、かしら?」


「お姉ちゃんはあわよくばお祭のムードに酔ったマリウスくんを襲えればいいなと思ってます」


「アウトです」


 フローラが悲鳴をあげながらリリアに引きずられていった。

 見なかったことにして、残るセシリアへ返事を返す。


「正直、俺としてはただ食って飲むだけの祭にはたいして興味はない。見るべきものはほとんどないだろ」


「そんなことないわ。賑わう街並みを眺めるだけで楽しめるものよ。フローラさんじゃないけど、そういう雰囲気に酔えるでしょ?」


「そんなもんか」


「そんなものよ。だから……お願い!」


「ボクもマリウス様と祭を見てまわりたい。去年は商会が忙しくて回れなかったし……」


「アナスタシア……」


 先ほどまで静かに読書していた彼女まで話題に加わる。

 それを言われると弱いな。


「……しょうがない。予定を空けておくよ。だが、全員と個別でまわるなら、時間の管理は徹底してくれ。豊穣祭は四日間だけのイベントなんだろう?」


「ええ。任せて。アナスタシアさんを含めても四人だから、一人につき一日。それだけあれば十分にスケジュールは立てられる。リリアとフローラさんにもそう伝えておくわね」


 こうして、俺とヒロイン達の〝お祭デート〟なるものが決定した。

 四日間、俺は彼女たちに連れまわされる。











 そして今。


「ちなみに、フローラのデートプランはどんな感じだ?」


「私のデートプラン? ふふふ~……ぜんぜん考えてません!」


「胸を張って言うことか……やる気ないなら帰るぞ」


「やる気はあるよ! 失礼だなぁ……。でも、どうせ祭を見てまわるくらいしかできないし、綿密な計画とか必要? お姉ちゃんはいらないと思うなぁ」


「ふむ……たしかにな」


 そう言われると反論の余地はない。

 豊穣祭なんてものは、住民がただ騒ぎたいだけのイベントだ。

 特別な行事もクソもない。


「ただ、一箇所だけ絶対に行きたい所はあるよ。マリウスくんならよくわかってるでしょ?」


「どうせ教会だろ。去年も一昨年もいったからな」


「せいかーい。せっかくのお祭なんだから、教会にいる子供たちにプレゼントくらい持っていかなきゃ損だよ! みんな絶対期待してるだろうしね!」


「大量の食べものに家具……さすがは市民に愛される聖女様だ」


 高頻度で頭のおかしいフローラだが、彼女の優しさに曇りはない。

 小遣いを大量を消費してもなお、フローラは子供たちに笑顔を与えようとする。

 当然、付き添いである俺も子供たちにプレゼントくらいは買っていく。


「聖女様はやめてよー! 恥ずかしい……。それに、マリウスくんだって子供たちから大人気なんだから!」


「そうか?」


「そうだよ! 『カッコイイお兄ちゃんはもう来ないの?』ってよく言われるんだよ? 特に女の子に……」


「なんだその目は。睨んでるのか? 笑ってるのか?」


「両方」


「どっちかにしろ」


「だってだって! まだ十歳とかその辺の女の子ですら、マリウスくんの美貌に見惚れてしまうんだよ! 挙句、男の子にも群がられてるし……マリウスくんに欠点はないのかな!?」


「あれ? 俺、褒められてるのか?」


 欠点ならたくさんあるだろ。

 中でも女性関係は穴だらけだ。自分でも自覚してる。


「ダメだよ浮気とかしちゃ。リリア王女じゃなくても怒るからね!」


「そもそもどこからが浮気判定なんだ? それを知らないと防ぐのは無理だろ」


「触れたらアウト」


「無理じゃん」


 もうそれアウト。

 相手がまだ幼い子供とはいえ、すでにベタベタ触れられてる。抱きしめられてる。


「マリウスくんはそれくらい制限しておかないとすーぐ浮気するからねぇ」


「うん? もう浮気してるのか、俺」


「好意を寄せられた時点で浮気です!」


「無理じゃん」


 やっぱりアウト。

 そんなことある?

 あまりの厳しさに戦慄した。けど、フローラは真面目だ。


「そう思うなら、今日くらいはお姉ちゃんだけを見てね? 約束だよ?」


「……善処する」


「なんで約束できないのかな~?」


「怖い怖い。そんなに顔を近づけて睨むなよ……。俺はただ、物事には絶対はない。だから断言しないだけだ」


「言い訳だよ! 詭弁だよ! いいからお姉ちゃんだけを見るの! わかった!?」


「強引すぎる……が、了解。ちゃんと見るよ」


 そう言ってジッと彼女の瞳を覗く。

 すると、数秒間見つめられたフローラの顔が赤くなる。


「うっ、うぅ……いざ真顔で見つめられると照れるよぉ……マリウスくん、カッコイイぃ……」


「ダメじゃん」


 幸先に不安しかない。

 だが、俺とフローラのデートははじまる。


 まずは適当に通りを見てまわって、昼頃に教会へいく予定だ。

 何事もなく終わるといいが……そういう時にかぎって、問題というのは起きる。











 お祭デートを始めて一時間後。

 俺とフローラの前に、小さな女の子が立っていた。


「……どうする、フローラ」


 隣の彼女へ視線を向ける。

 フローラはやや苦笑を浮かべて言った。


「親御を探してあげよう……か。見たまんま迷子みたいだし」


「それが適切か」


「うん。豊穣祭は大規模なお祭だから、毎年いるんだよねぇ……迷子になる人が」


「その迷子とたまたま遭遇するなんて……運が良いのやら悪いのやら」


「良いに決まってるよ。彼女を助けられるんだから!」


「そうか。なら、彼女の相手はお前に任せる」


「え?」


「男の俺が威圧するより、同姓のフローラの方がいいだろ。彼女も安心できる」


 自分で言うのもなんだが、俺って無愛想だし。


「たしかにその通りなんだけど……」


 ガシッ。


 うん?

 服を誰かに掴まれた。視線を下げると……。




「どうやら、懐かれたみたいだよ?」


 迷子の少女が、俺の服を掴んでいた。

 お互いの視線が交差する。


「……なんで、俺の服を掴んでるんだ? 横に可愛い女の子がいるぞ?」


「か、可愛い女の子!? えへへ……照れるなぁ」


 喜ぶフローラは無視。ジッと少女を見つめる。




「パパがいい」


「…………パパ?」




 きょろきょろと周りを見渡す。

 それらしい男性はいないが……。


「パパ」


 迷子の少女が、俺の顔を指差す。

 後ろを向いた。誰もいない。


「マリウスくんが……一児の、パパ!?」


「いろいろと誤解を招きそうなことを言うな。俺は彼女のパパじゃない」


「パパ!」


「だって~」


「ぐぬっ……あ、あのな? 俺はどう見たって君とあまり歳の変わらないお兄さんだろう? パパには少し早くないかな?」


「パパなの! ミーナのパパなの!! パパは……ミーナのこと、嫌い?」


 グサッ。

 潤んだ目で見つめられ、俺の心に深々と刃が刺さる。


「もー、ダメだよパパ~。子供を泣かせちゃ。彼女の親御さんが見つかるまでは付き合ってあげないと!」


「なんで……なんでお前は楽しそうなんだ?」


「そ、ソンナコトナイヨ~? パパがマリウスくんなら、私ってば合法的にママじゃない!? とか思ってないからね!?」


「言ってる言ってる。全部バラしてるぞ馬鹿」


 コイツはすぐ欲望に負ける。


「だってだって! こんなチャンス活かさないでどうするの!? 子供の寂しい心を満たし、なおかつ私の寂しい心まで満たされる! 誰も不幸にならない最高の展開だよ!」




「俺が不幸になってるが?」




「マリウスくんならいつものことでしょ? 慣れてるじゃん」


「どういう意味だこら」


「そういう意味だよ。それより、今は他に考えることがあるんじゃない? 彼女の親御さんをどうやって見つけるか……とか」


「それなら巡回してる騎士にあずければいい。彼女の両親も詰め所に向かうはずだ」


「あー、なるほど。さすがマリウスくん。次期騎士団団長。詳しいねぇ」


「まだ騎士ですらない上、今回の件とは関係ないんだが?」


「はいはい。そういうのいいから行こうよ! ごめんねミーナちゃん。パパってたまに口うるさいの」


 誰がパパやねん。

 しかしここで否定しても迷子の少女ミーナを傷つけるだけだ。

 フローラもそれをわかってるから遠慮しない。


 くそ……厄介なことになったな。

 この件がリリアの耳に入らないことを祈るばかりだ。


 俺とフローラは、互いに左右から少女を挟み、彼女の手を取って歩きだす。

 こうしてるとまるで……本当に家族にでもなったかのようだ。




 ▼




 巡回の騎士を探して歩く。

 通りには大勢の市民があつまっており、なかなか騎士探しは難航した。

 加えて、


「ミーナちゃん。あれが食べたいの? ママが買ってきてあげようか?」


「いいの? ママありがとう!」


「えへへ……いいよあれくらーい」


 ……と言った具合に、フローラがミーナを甘やかすせいで捗らない。

 やる気があるのか疑問である。


「おいフローラ。あんまり餌付けするな。親御さんに怒られるぞ」




「む……少しだけ。ほんの少しだけだよ! 夫婦ごっこ楽しいなぁ……とか、マリウスくんとの間に子供が生まれたらこんな感じなのかなぁ……とか、そういうこと考えるわけじゃないよ!?」




「だから言ってるって。正直者だね君は」


 その心は美徳だが、欲望に忠実な点は欠点だ。


「ぐぐ……あ! 向こうに美味しそうな肉串が売ってる! お姉ちゃん……じゃなくてママが買ってくるねー!!」


 わざとらしく大きな声をだして走り去っていった。

 止める暇もない。


「ったく……本気で探す気あるのか? アイツ」


「パパはミーナがいると嫌? ミーナのこと、嫌い?」


「え……そ、そんなことない……ぞ? 急にどうしたんだ?」


「パパ、ずっと疲れた顔してるから」


「それは……」


 マジか。顔に出てたのか。

 いや、それより、こんな子供に心配されるとはな……。


「違うよ。パパはただ、ミーナの家族が早く見つかるといいなって思ってるだけだ。ミーナだってほんとのパパやママが心配だろ?」




「パパなら目の前にいるよ?」




「うーん、会話って難しい」


 そういうことじゃないんだよ。あながち間違いと言えるかも謎だが、とにかく。

 俺は彼女に笑いかけてみる。


「けどまあ、心配しなくていい。この世にミーナのことが嫌いな奴はいない。パパとママも含めて、みんなミーナのことが大好きだよ」


「ほんと?」


「ほんとほんと。その証拠に……ほら、ママなんてあんな急いでお肉を買ってきてくれたじゃないか」


 ミーナを抱きあげる。

 これなら遠くから走ってくるフローラの姿がよく見えるだろう。


「おーい! 二人とも~! お肉だよ!」


「ほらな?」


「……うん! ありがとう、パパ。大好き!」


 チュッ。

 柔らかい子供の唇が、頬に当たった。


「み、ミーナ?」


「お礼だよ、パパ!」


「お礼って……」


「あー! ミーナちゃんだけずるい! ママもパパにチューする!!」


「せんでいい!」


 肉串のことなど忘れ、暴走するように迫るフローラから、ミーナを抱えたまま逃げる。

 ミーナは俺の懐で楽しそうに笑っていた。

 追いかけるフローラも、どこか楽しそうだ。


 俺に子供ができたら、こんな未来もあったのかもしれないな。

 想像はできても、確信はないが。


 しかし、だとしたら……悪くないと思ってしまった。

 我ながら似合わない。


———————————————————————

あとがき。


フローラ「次回からは私のお話が始まるよ! みんな楽しみにしててね!」

マリウス「すまねぇ……しばらく出番はないんだ……」

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