第83話 カオス

「…………」


 憂鬱だ。朝から俺の気分は急転直下で下がり続けている。

 理由? そんなの……。




「マリウス様~! 今日は一緒に昼食を食べませんか? お弁当のおかず、作りすぎちゃって!」


「いや、その、な。悪いが今日はリリア達と一緒に昼食を食べる予定だから……悪い」


 あの日、彼女——ティアラをイジメから救った俺は、なぜか彼女に非常に懐かれた。ここまでがらりとテンションが変わるものなのか!? と自分の目を疑いたくなったが、これまである程度の距離感があった彼女は、急にその距離感を破壊して俺に迫るようになった。


 理由を訊ねると「マリウス様には返せないほどの恩がありますので!」と言って、こちらの都合などお構いなしで声をかけてくる。


 たしかに仲良くなりたいとは思ってたが、俺の想像してたそれとはちょっと違う気がする。しかも彼女がニコニコと俺に近付いてくる度に、




「ふふ、ふふふ、ふふふふふふふ…………マリウス様ってば、ほんと……本当に……」




 ぎゃああああ。教室の入り口近くにいるリリアから殺気が! ちらりと後ろを振り向くと彼女の憎悪に満ちた目が俺を突き刺してくる。


「リリア王女殿下と約束ですか……それは仕方ありませんね。あのお方は嫉妬深い。くれぐれも怒らせすぎないようにご注意を!」


 そう言って小動物みたいな笑顔のまま手を振りながらどこかへ消えるティアラ。それがわかっているならあまり声をかけないでほしいんだが……。


 というかティアラは、どうしてリリアの性格を知っているのだろう? 彼女も馬鹿じゃない。他のヒロイン以外の前では極力、病んでるところを見せないようにしてるのに。


 なんとなく浮かんだ疑問が気になるが、おいそれと聞ける内容でもない。俺は数秒だけどうするか迷ったが、今も鋭い視線を向けたままのリリアを恐れ、あっさりとその疑問を捨て去った。急いで彼女のもとに向かう。




 ▼




 ティアラ・カラー嬢は、リリアに詰め寄られ、セシリアに泣きつかれ、フローラに襲われ、アナスタシアに癒された俺の心境を知ってか知らずか、連日、何度も臆することなく俺の下へ来るようになった。


 リリアに遠まわしに「私の婚約者なんですよ」と言われ、「だからあまり近付きすぎないようにしてくださいね?」という忠告を受けながらも、平気で俺に話しかけたきた。すると徐々にヒロイン達の間で殺伐とした空気が生まれる。


 当然、その間に挟まれる当事者たる俺の心境たるや……もう胃痛がすごすぎて胃薬が欠かせない。今日も、ラウンジに無理やり連行されリリア達に囲まれている最中だった。




「ねぇマリウス様。あのティアラさんという方とは、どんなご関係なのか……ハッキリと教えてくださらないかしら?」




 嫌がる俺を鎖で縛りあげたこの国の第三王女様は、底なし沼みたいな黒い瞳で俺をジッと見つめる。額から冷や汗が止まらない。


「な、何度も言うが、俺とティアラ嬢は単なる友人ってだけで、それ以上の関係性じゃない。向こうが一方的に絡んでくるだけだ!」


「それにしては彼女、まるで恋する乙女のようではありませんか? 不思議ですねぇ……私が知らない間に、どんな青春をお過ごしに?」


「青春したのは確定なのか!?」


「当然でしょう? なんの理由もなく惚れるとは思えません。なにかしらのきっかけがあったはずです」


 そう言ってリリアは俺の背後に控えるメイドへ視線を向けた。主人が鎖で縛られているのに平然とした表情を浮かべるメイド。彼女はリリアの視線に気付き、ほんの一瞬だけなにかを考えるような仕草をしてから口を開いた。




「……そう言えば、前にティアラ様が他の令嬢に魔法で攻撃されたことがありました。それを助けたのがマリウス様だったかと」




 メイドォ!


 なに「人伝に聞きましたが」みたいな顔して言ってんだ! おまえ現場にいただろ!? 王女だからって簡単に主人を売るな!


「へぇ……それはそれは。まるで物語に登場する騎士様のようなご活躍ですね、マリウス様。ええ、ええ。実にティアラさんが羨ましいです。私もそんな風に助けてもらえれば、きっとマリウス様に惚れてしまうでしょう……ええ」


 ひいいいぃっ。

 さらに目付きが凶悪になった。人とか殺してそう。


「カッコイイねマリウスは。いいなぁ……その、私も……マリウスにカッコよく助けてもらいたかった、な。なんて……えへへ。ごめん」


 セシリアさん? 急に会話に入ってくるなりなに言ってるんですか? そんな顔を赤らめながらきゃーきゃー言わないで? リリアも「その通りです」とか言いながら頷くな! お前ら王女と公爵令嬢だから。襲われたら普通に事件だから!


 俺の悲痛なる心の叫びは彼女たちには届かない。先ほどまでの怒りはどこへやら。女子同士で姦しく話し合っている。


 え? おれ放置? 縛られながら放置?




「相変わらず、マリウス様は人気者。話題に事欠かない」


「アナスタシア……冷静に分析してないで少しは俺を助けてくれないか?」




 本を片手に無表情で俺を見つめる彼女。アナスタシアだけは俺の味方だと信じてる。


「助けたいのは山々だけど、さすがに王女様の命令に背くわけにはいかない。長いものには巻かれてしまうのが、商人」


「味方はいなかった……」


 あっさり拒否されてガックリとうな垂れる。最後の希望はあっけなく散った。


「ねね、じゃあお姉ちゃんがその鎖を解いてあげようか? お姉ちゃんはいつだってマリウスくんの味方だよ?」




「遠慮します」




「なんで!? 最近のマリウスくんはお姉ちゃんに対して冷たくない!? 酷いよ!」


「ならまずは俺の膝を撫でるその手を止めろ! そして無意味に胸を押し付けてこないでくれ……」


 フローラはリリア達より一つ上の年長者。体つきも大人っぽく、正直しょうじき近付かれるといろいろ困る。しかも彼女はそれを知ったうえで俺を誘惑してくるのだから質が悪い。


 泣き真似をする彼女を、ジト目で睨んだ。


「これは従姉妹同士の軽いスキンシップだよ~。これくらい普通だって」


「普通じゃない普通じゃない。またリリアに怒られる前に退いた方がいいぞ」


「っ……リリア王女殿下は冗談が通用しないからねぇ。少しくらいお目こぼししてもいいと思うんだ、お姉ちゃんは」


「夜這いする女に信用もなにもないだろ……反省してくれ」


「反省したうえでやってます!」




「帰ってください」




 この従姉妹は本当にもう……自分が可愛い魅力的な女性だということを自覚してほしい。……いや、自覚してうえでやってる可能性が高い。フローラだし。


 俺が彼女の態度に呆れていると、それを見たアナスタシアが唐突に本を閉じてこちらへ近付いてきた。彼女が何をするのか気になった俺は「アナスタシア?」と声をかけるが、彼女は返事をせずに——俺の膝の上に座った。


「……おい。これはどういうことだ」


 思わず間髪いれずに俺が再び問いかける。

 すると彼女は、悪びれた様子もなく言った。


「マリウス様の膝の上に座ってる。みんな自由にマリウス様へ迫るから、ボクもたまには。重い?」


「いや、別に重くはないが……邪魔」


「よかった。ここでなら落ち着いて本が読める。……あったかいね」


「ん~? 俺の話、聞いてた?」


「でも、鎖はちょっと邪魔。背中に当たって痛い」


「アナスタシアさーん? おーい」


「そう言えばチョコレート、新しい新作を出したから、マリウスも食べて。今度持ってくる」


 こ、こいつ……スルースキルが高すぎる!?


 なにを言っても一人で会話を繋げてしまうとは……恐ろしい子。というかほんとに邪魔。ああ! 俺の胸元に顔を押し付けてくるな! くつろぐな!


 さんざん口に出して文句を伝えるが、アナスタシアはその全てをスルー。試しに「今日のアナスタシアはいい匂いがするな」と言うと、「それも新作の香水。マリウスはこういう控えめな匂いが好きでしょ?」と返事を返してくれた。ちくしょう。




「むむむ! アナスタシアさんだけずるくない? お姉ちゃんももっとマリウスくんにくっつく! おまけに少しくらいなら揉んでもいいよ?」




「遠慮します」




「マリウスくん!」


 ぎゃあぎゃあ騒ぐフローラ。何度言われようとも俺は彼女のアピールに屈する気はない。一度でも首を縦に振れば、待ち受ける未来は一択。王族の婚約者としてそんな醜聞は避けねばならない。せめてリリアと結婚したあとだ。そういうのは。




 俺がツーン、とそっぽを向くと、負けじとフローラはさらに自分の体……主に胸元を押し付けてくる。俺が「ぐぬぬ」と苦しんでいると、彼女の猛攻は途中で止まった。——肩に置かれた手を見て。




「楽しそうですねフローラさん……私も混ぜてくれませんか?」


「り、リリア王女殿下……お顔が、ひ、引き攣ってますよ?」


「ご安心ください。怒ってるだけです」


「マリウスくん助けてっ」


「あ、そう言えば前に教えたアーモンドは見つかったか?」


「ん。それっぽい植物の話は届いてる。多分、もう少しでこっちに届くと思うよ」


「それは上々。また新しいお菓子が作れるな」


「詳しく」


「マリウスくん!?」


 鎖で縛られるフローラに目もくれず、俺はアナスタシアと会話を弾ませる。悪いがリリアに関しては俺も口を出せん。それに自業自得だし。


「あ、痛い痛い! 王女様痛いですもっと優しくしてくださいっ」


 俺と違って足まで拘束されたフローラ。まるで簀巻きにされてるようでちょっと面白い。


「これくらい我慢してくださいフローラさん。ちゃんとご両親からの拘束許可は貰ってますので」




 拘束許可? すごい単語が出てきたな。そして許可出したんだ……サンタマリア伯爵。というかそれ、間違いなく俺の両親も出してるよね? ラウンジ内にいる人間が二人も縛られているというのに、縛られてる俺も含めて誰もそのことを気にしていない。うーん、慣れって怖い。




「マリウス様、マリウス様」


「ん? なに」


 今だ俺の膝の上から離れないアナスタシアが、クイクイ、と俺の服の袖を引っ張る。


「さっきの話。アーモンドを使ったお菓子の話を聞かせて」


「この状況でマイペースだなぁ、アナスタシアは。まあいいけど」


 ある意味、変わらない彼女の様子にホッとする。


 俺はその後、アナスタシアにお菓子の話をしたり、フローラを縛り終えたリリアやセシリアの相手をしたりして過ごした。


———————————————————————

あとがき。


ティアラ「マリウス様って大変ですね……」

フローラ「ね。このままじゃリリア殿下にボロボロにされちゃうよ!」

ティアラ「それを後で癒してあげれば……くふふ」

フローラ「あれ?」



※作品フォロワー3000超えましたー!ありがとうございます‼︎

☆とか♡とかPVとか色々ふくめて感謝の短編を用意してます。な、なな、なんと!今回はあのキャラです......(だれ)。

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