第82話 尊い!好き!

「好きです!!」




 唐突に告げられた言葉は、俺の予想をはるかに上回る内容だった。


 それはシンプルに。それは感情の赴くままに。それは何の濁りもない……愛の告白。つい今しがた貴族令嬢に怪我させられかけた少女の言葉とは思えず、目を丸くしながら呆然と俺は彼女を見つめる。


「……好き?」


 首を傾げてティアラに問う。彼女は俺の疑問を受けて、今度はあわあわと焦りはじめた。


「あ、ちがっ……その、ありがとうございました、と言おうとして間違えました!」


「なるほど」


 ぜんぜん言葉が違うけど、それは間違えられるものなのかな? 咄嗟に軽く流してみたが、心の中では疑問が尽きない。


「お礼は素直に受け取っておくよ。ティアラ嬢になにもなくてよかった。次からは気をつけろよ。なにかあったら俺の名前を出すといい。大抵の相手には牽制に使える」


「え? マリウス様の名前を、私が?」


「いつも俺が助けられるわけじゃないからな。フォルネイヤ生徒会長ほどじゃないが……まあ、なんだ……友達だろ?」


「ま、マリウス様……」


 チッ。クソ恥ずかしいなこの台詞。我ながら黒歴史を量産してる気がするが、主人公である彼女の好感度は稼いでおいた方がいいだろう。今後、まだ俺が冤罪にかけられる可能性はゼロじゃない。その時に主人公の援護射撃があるかどうかで状況はかなり変わってくる。


 ぽりぽりと後頭部をかきながら俺は羞恥心に耐え切れず、用は終わりだと言わんばかりにその場を立ち去る。


 最後に、背後から、




「やっぱり————尊い!!」




 というティアラの叫び声が聞こえた。




 ▼




 颯爽と現れ、自分の窮地を救ってくれたマリウスが姿を消す。その間、ティアラはずっと顔を真っ赤にしながら彼の背中を見つめていた。


 心の中を占める割合のほぼ全てが、マリウス一色に染まっている。まさに彼は、ティアラにとっての王子様だ。最初、上級生の貴族令嬢に声をかけられ、こんな人目のない場所に連れてこられた時はどうなるかと思ったが、またしてもマリウスが救ってくれた。放たれた魔法への恐怖が完全に消えたわけじゃないが、それ以上に温かいものを彼からもらってしまった。ドクンドクンとうるさいほど心臓が高鳴る。




「これは、やっぱり……間違いない! 男主人公がいない代わりに、私がマリウス様を攻略しろってことよね!? 言わばマリウス様は、私だけの攻略対象! ……あ、でもマリウス様にはリリア王女殿下やセシリア様がいる……それに、公爵家の次期当主に平民なんかが近づけるはずないし……」




 抱いた夢、理想は直後に儚く散った。身分の違いが、彼との境遇が、環境が、二人の愛を認めない。


 だが、それでもティアラの中には諦めるという選択肢は無かった。


「でもでも! 最近はずっとマリウス様とイベントがあって、完全に私ってばヒロインじゃない!? どこかの貴族の家に養子にしてもらうっていう手もあるし……諦めるには早い!」


 グッと拳を握り締めて彼女はやる気を見せた。そのやる気が狙ってる相手からしたら最悪なものだと彼女は知らない。




「待っててください、マリウス様! 私を救ってくれたあなたに……死ぬまで恩を返します! 私が誰よりもあなたを……愛します!」




 とある理由からイジメに対して並々ならぬ憎悪を抱く彼女。二度も助けてくれたマリウスに惚れるのは、まさに当然の帰結だった。


———————————————————————

あとがき。


リリア「潰しましょう」

マリウス「落ち着け」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る