第78話 あれ?俺、なんかしちゃいました?

「ティアラ・カラー! あなた、平民の分際でマリウス様にすり寄るとはどういうこと!? あの方は公爵令息であり、第三王女殿下の婚約者なのよ! あなたのような下賎な人間が関わっていい存在じゃないの。分を弁えなさい!」




 女子生徒の声がハッキリと俺の耳に届いた。




「そうよそうよ! マリウス様は優しいからお叱りにならないでしょうけど、だからってつけあがらないで! 不愉快よ!!」


 これは……あれだ。いわゆるイジメってやつだ。しかも理由が俺。これじゃあ間接的に俺がイジメてるようなものだろ。最悪。


「そんな……私は別にマリウス様に擦り寄ってなんか……」


「言い訳しないで! それになによその貧相な弁当。これだから庶民は……。汚いのよ!」


 女子生徒の甲高い声が響き、直後にガチャン! という音が続いた。


 おいおい暴力か? さすがにやりすぎだろ、と思った俺は急いでティアラの下へ向かう。数メートル先、茂みの角を曲がると、彼女たちの姿が見えた。複数の貴族令嬢と思われる女子生徒が、ティアラを囲むように立つ。状況はなんとなく見てわかった。


 さらに、囲まれたティアラの足元には、小さな青い包みが落ちている。先ほどの会話から察するに、あれは彼女が持ってきた弁当箱だろう。色合いから見て男もの。だとしたら……あれは俺のか?


 酷いことするなぁ。イジメられてるのはティアラでも、食べるのは俺なんだぞ……しょうがない。ここで彼女を見捨てたら、俺の昼食が無くなるうえ、間接的に俺が悪いみたいになる。行きたくはなかったが、彼女たちの間に割って入った。


 突然の乱入者。しかもその相手が話題にしていたマリウスくんともなると、その場にいた全員が驚きを見せる。




「ま、マリウス様!?」


「そこまでにしておけ。正当な理由もなく貴族が平民に怒りをぶつけるなんて……目上の者がすることじゃない」


「で、ですが……その者は……」


「俺にすり寄る不埒者、か? それは違うな。単なる顔見知りなだけで、お前たちが疑うような関係じゃない。自分たちの価値観を他人に押し付けるのはやめろ」


「うっ……も、申し訳、ございません」


 本人からの注意となると、彼女たちにとっては非常に重い。誰も彼もが俺より格下の貴族令嬢ばかりでなお更。やろうと思えば、実家を潰すことすらできる。だから彼女たちは、俺に叱られ絶望的な表情を浮かべる。……いやいや、なにもしないよ。ただ、イジメはやめようねってこと。最後の最後で、俺は令嬢たちのケアもすることにした。


 なるべく爽やかな笑みを浮かべて続ける。


「だが、俺の身を案じてくれたことには感謝する。ありがとう。どうか、その優しき心を失わず、今度からはもっと正しい姿を俺に見せてくれ」


「ま、マリウス様!」


 キャー! という悲鳴? がうるさいくらいに響いた。どうやら効果は抜群らしい。落ち込んでいた令嬢たちの顔に喜びの色が戻る。


 それを確信したあと、俺はティアラの方へくるりと反転。足元に落ちてる弁当箱を拾い、




「さ、問題は解決したし生徒会室へ行こう。お腹が空いたよ」




 と彼女へ告げる。


 ティアラは俺の顔と弁当箱を交互を見てから、申しわけ無さそうな表情で「は、はい……」と言って、歩き出した俺の後ろに続く。


 邪魔さえなければ俺とティアラはすぐに生徒会室へと辿り着く。先頭の俺が、控えめに扉をノックした。


「生徒会長。マリウスとティアラです。来ましたよ」


「入って」


 社交辞令もクソもない端的な言葉に、俺の眉がぴくりと震えた。だがここで怒るのは大人らしくない。なんとか怒りを抑えてドアノブを捻る。奥の席に座るフォルネイヤを視界に捉えながら、俺とティアラは入室した。




「こんにちは、フォルネイヤ生徒会長」


「ええ、こんにちは。昨日ぶりね。来るのが遅かったけどなにかあったの?」


「なにも。途中でティアラ嬢とお会いしたので、雑談しただけですよ」


「ふうん。まあいいわ。取り合えず席に座って昼食を楽しみましょう。その手に持ってるのが、ティアラのお弁当かしら」


「ん? ああ……多分?」


「どうして疑問系なのよ……」


「実はティアラ嬢がウッカリ落とした弁当箱を拾っただけで、これが俺のかどうかはまだ。……聞いていいかな、ティアラ嬢。この弁当は、俺のために作ってくれたものかな?」


 ちらりと視線を背後のティアラへ移し、端的に尋ねる。すると彼女は、わかりやすく慌てて答えた。


「え、えと……その、それは……はい。でも、落としてしまいましたし……私のと交換、しませんか? 中身は同じなので……」


「交換? なぜ? 中身は無事なんだから必要ないだろ」


 そう言って俺は席に座り、彼女から受け取った? 弁当を開ける。たしかに中身はぐちゃぐちゃだ。落とした際の衝撃で混ざってしまったのだろう。けれどその程度で顔をしかめる俺じゃない。




「……うん、これくらいなら問題ないな。ティアラ嬢も早く弁当を食べた方がいい。時間は有限だよ」


「え? え!?」




 俺が平然と弁当を食べはじめる姿を見て、ティアラが呆然と立ち尽くす。なにしてんだ? と俺が首をかしげると、今度は正面に座るフォルネイヤが笑った。


「ふふ……面白いな、グレイロード公爵子息は。普通、そんなにメチャクチャになった弁当を貴族は食べたりしないと思うわよ?」


「そうなんですか? 味はたいして変わらないのだし、せっかくティアラ嬢が作ってくれたものを捨てるのはもったいない。美味しいよ、ティアラ嬢。ありがとう」


 ニコリと笑ってお礼を彼女に告げる。


 前世の価値観を持つ俺からしたら、こんなの可愛いくらいの状態だ。混ぜご飯だと思えば普通に食える。そして美味い。


 遠慮なく次々とティアラの作ってくれた弁当の中身を胃袋の中へ突っ込んでいくと、立ち尽くしていたはずのティアラと目が合う。早く席に座りなよ、と言うまえに彼女の異変に気付いた。




 ……ん? なんか一瞬、彼女の目にハートマークのようなものが……顔も赤いし、なんだか嫌な予感が……やめよう。考えたら怖くなってきた。


 理由はわからないが、背中に冷たいものを感じる。こういう時は大抵まずいことになるので俺は意識を逸らした。逸らした先で、ぽつりと不幸を告げる声が聞こえた。




「——また、ですか。マリウス様……」


「ハッ!?」


 メイドォ!


 そう言えば俺のそばにはコイツがいた。世話役なのだから当然、呼び出しを受けた俺についてくる。そして、俺がこうして生徒会室へ呼び出された件をなんとなく察したらしい。振り向くと、彼女は呆れたような顔で俺を見つめる。


 この顔はアレだ。「後でリリア王女殿下にご報告しますね」の顔だ。俺は急いで彼女に弁解する。


「違う! 違うぞ!? 俺は決してリリアになにかを隠そうとか、やましいことはしてない! あくまで彼女を助けた時のお礼だ! 文句あんのか!?」


「マリウス様、マリウス様。動揺しすぎです。後半にいたっては口調が乱れてますよ。逆に怪しいです」


「いやほんとに許してください。あの子は冗談が通用しないんです。お前も知ってるだろ? 前にオレが貴族の令嬢にいい寄られた時、リリアがなにをしたか。鎖を持って家に訪ねて来たんだぞ? あと一歩で危なかったんだぞ? 色々と!」


 笑顔で玄関に彼女が立っているのを見た時は、腰が抜けそうになった。第三王女と鎖の組み合わせはダメだって……。


「それに関しては私も同情しますが、ご安心くださいマリウス様」


 メイドはいっそ清々しいほどの笑みを浮かべて言った。


「私はマリウス様のメイド。主を売ったりしません! たとえ相手が王女殿下であろうと!」





 嘘やん。お前このまえ簡単にゲロッただろ。薬でもキメてんのか?




「……ただ、ウッカリ口が滑る可能性は否定できませんが」


「メイドォ!!」


 確信犯じゃねぇか!


 だからコイツは教室に置いていきたかったんだ。リリア達の様子でも見てろと命令したのにしれっと無視するし。俺にどうしろって言うんだ! お礼とか言われて生徒会長にも圧をかけられて……俺は被害者だ! ごめんなさい!!




 俺は自らの惨めさを棚にあげた上で全力で謝った。うん、ぜんぶ俺が悪いや。婚約解消されないのが不思議でしょうがない。いや、してくれてもいいんだけどさ。


「ずいぶんと楽しそうね」


「楽しくはない」


 俺の今後の人生がかかってるんだぞ? 適当なことを言うな生徒会長!!


 ぎろりと俺がフォルネイヤを睨むと、彼女はなぜか不敵な笑みを浮かべてから視線を後ろのティアラへ移した。


「まあ、マリウス公子のことはどうでもいいとして……」


 おい。どうでもよくないぞ。


「ティアラ、早く座りなさい。時間がもったいないわ。気持ちはわかるけど、ね?」


「~~~~!!」


 フォルネイヤの笑みになにを感じたのか、先ほどまでの非じゃないくらいティアラの顔が真っ赤になる。そして俯きながらも俺から離れた位置——フォルネイヤの近くに腰をおろす。


 そのまま彼女は俺と視線を交わすことなく弁当を食べはじめた。


「? 大丈夫か?」


 俺がティアラの様子に怪訝な視線を向けると、それに気付いた背後のメイドが「これだからマリウス様は……」と深いため息を吐く。


 なんだ? あ? 文句あんのか? 知ってることがあったら教えろよ。

 そう目線でメイドに訴えかけると、彼女はなぜか目をそらして見なかったフリをする。


 一体……どういうことなんだ。フォルネイヤ生徒会長も笑ってるし……知らないのは俺だけか?




 その後も答えを知る機会はなく、昼食を食べ終わるまで俺の疑問は続くのだった。

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