第76話 サブヒロイン

 自室の扉を開けて中に入る。ほどよい疲労感に誘われるように、俺はベッドへ転がった。すると、


「制服にシワが付きますよ。寝るなら服を着替えてくださいマリウス様」


 とメイドに叱られた。渋々、俺は制服を脱いで彼女に渡す。彼女からは着替えを渡され、いそいそとそれに着替えた。




「昼食はどうしますか? 少し遅い時間ではありますが」


「食べるよ。お腹ペコペコなんだ。でも今さら食堂に行くのはめんどくさい……部屋まで届けてくれるか聞いてくれ」


「畏まりました。公爵家こうしゃくけ次期じき当主であるマリウス様の願いなら、学院側も嫌とは言えないでしょう」


「無理は言わなくていいぞ。難しいようならちゃんと食べに行くから」


 それだけ言って俺はメイドを見送った。再び、今度はちゃんと私服に着替えてベッドへ転がる。




 今日も色々とあった。特に俺の心の中に残り続けるのは、ティアラ・カラーとの会話だろう。彼女のおかげで、俺が抱える問題はあっけなく消えてしまった。


「男主人公のいない世界、か」


 どうして乙女ゲーでもないこの世界に、男主人公ではなく女主人公が現れたのか。その理由はわからないが、ティアラの存在がマリウスのバッドエンド回避に繋がる。彼女が相手ならヒロイン達が恋をすることもないし、その過程で俺ことマリウスがそれを妨害することもない。


 つまり! 俺は晴れて悪役貴族のマリウス・グレイロードではなくなったということ。もはや憂いはない。憂いはないのだが……それとこれとは話が別だ。


 男主人公がいないなら、その役目は俺が担ってるとみて間違いない。なんせ四人のヒロインと密接に関ってるのが俺だからな。正直、今後の彼女らとの距離感が頭痛の種である。


 突き放すか、縮めるか、このまま平行線を辿るか。


 どれが俺にとって最もいい展開になるのか、それを考える。だが、どの選択肢を選んでも後悔しそうだ。婚約してるリリアはともかく、セシリアやフローラ、アナスタシアの存在がネックである。




「いっそ……全部忘れてのどかな田舎に引っ越したいな」




 面倒なことは捨て去って自由に生きたい。なんやかんや貴族の跡取りというのも、前世で平民だった俺には重い。合法的に逃げられる方法はないものか……。


 しばらく、おぼろげに今後の予定を決める。無理に自分を飾る必要がなくなった今、リリア達との関係が最も危険でめんどくさい。かと言って、簡単に斬り捨てられるほど浅い仲でもなく……答えどころか、ヒントすら出てこなかった。




「マリウス様。昼食を運びました。おかわりもありますからね」


「ん。もうそんなに時間が経ってたのか。ありがとう」


 頭を捻る俺のもとに、メイドが昼食を持ってきたので思考を中断する。温かな湯気のたちのぼる料理を見て、「まあリリア達のことは卒業するまでに考えればいいか……」と適当に結論付けた。




 ▼




 昼食後。運動がてらに校内を散策する。メイドにはすぐに戻るからついて来なくていいと指示し、ひとりで廊下を歩きまわる。この学院、無駄に敷地が広いから、食後の運動には最適だ。


 角を曲がり、時折、階段をのぼって真っ直ぐにあるく。目的地などなく、ただ適当に歩きまわっていると……ふいに、廊下の奥から見覚えのある女子生徒がこちらに向かってくる。あれは……。




「もしかして……サブヒロインか?」




 名前は覚えていない。容姿もうろ覚えだが、たしか彼女は、ゲームに出てくるサブヒロインの一人だった、ような……。

 気になって思わず彼女を凝視してしまう。視線に気付いた彼女は、足を止めて俺を見た。


「なにかしら。私に用?」


「あ、いや。すみません。どこかで見たような気がして。気のせいだったようです」


「どこかで私と? …………もしかしてあなた、グレイロード公爵家の?」


 おっと? どうやら向こうもこちらのことは知ってるらしい。公爵家の子息となるとそれなりに有名だな。


「ええ。マリウス・グレイロードと申します。あなたのお名前は?」




「フォルネイヤ・スノー。スノー侯爵家の長女よ。多分、どこかのパーティーで顔を合わせたんでしょうね。私もあなたの顔に覚えがあるわ」




 フォルネイヤ・スノー……ああ、そんな名前だったか。個別ルートもないしそこまで他のキャラのシナリオに関わるキャラでもなかったから忘れてた。でも彼女はたしか……。


「なるほど、スノー侯爵家のご令嬢でしたか。噂はかねがね。なんでも二年生にして生徒会長だとか。優秀なんですね」


「天才と言われてるあなたほどじゃないわ。それに、わたし以外に立候補する人もいなかったしね」


「俺の場合は両親の身贔屓ですよ。平和な今の世で、武力がどれだけ尊重されるか……」


「卑下することないわ。あなたのような方がいるから、私たちが平和に暮らせるのよ。それより、ちょっと時間を貰ってもいいかしら?」


「時間? なにか用事でも?」


 首を傾げる。俺と彼女にはほとんど接点は無いはずだが……。




「一目惚れしたからお茶の相手に付き合ってほしいの。なんなら胸でも触る?」




「…………はい?」


 彼女がなにを言ってるのか、一瞬理解できなかった。俺は怪訝な顔でフォルネイヤ生徒会長を見つめる。


「そんな顔で見つめられると恥ずかしいわ。これでも私、初心なのよ?」


「いやいやいや。急におかしなこと言うから動揺してるんですよ。なにが目的ですか。冗談なら帰ります」


「ふうん。お堅いのね。私も冗談よ。ただ、お茶を飲みたいのはほんと。あなたに興味があるの。マリウス・グレイロード公子」


 ニヤリと口元を歪めるフォルネイヤ。まるでこちらをじっくりと観察するような目に、俺はどうしたものかと考える。




 フォルネイヤ・スノー侯爵令嬢、か。怪しげな態度であまり近付きたくはないが……。




「——ティアラ・カラーが関係してる、と言えばすこしは興味が持てる?」


「っ」




 なぜ、フォルネイヤの口からティアラの名前が? ……そう言えば彼女は、のちのち生徒会に加わるはず。こんな早くに彼女と接点を持っていたのか。


 断ろうと思ったが、わざわざ彼女の名前まで出すあたり、なにが目的なのか気になった。俺はやや考えたあと、


「……いいでしょう。一杯くらいはお付き合いしますよ」


 と答えた。

 フォルネイヤ生徒会長は、その言葉に満足げに笑うと、


「決定ね。じゃあ行きましょう。生徒会室に。あそこなら誰にも邪魔されないし、いい茶葉が揃ってるのよ」


 と言って歩き出した。俺は彼女の背中をゆっくりと追う。


———————————————————————

あとがき。


ひゃははは!ヒロインはまだまだ増えるぜぇ!!


といいつつヒロインにする気は今のところないキャラでした。でも完結編には関係してる子です。

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