第75話 メイドは口うるさい

 リリアにドナドナされた俺は、口すっぱく彼女に文句を滔滔と告げられた。長い説教と注意は一時間いちじかん以上にも及び、彼女の下から解放された時には、とっくにお昼を過ぎていた。


「つ、疲れた……今日の説教は特に長かったな……」


 木々に挟まれた長い渡り廊下を歩きながら、俺はメイドと共に自室を目指す。ラウンジは、学院の校舎内にある。校舎の隣に建てられた生徒せいと専用の寮までは、それなりに距離があった。帰るのに時間がかかるので俺はあまりここが好きじゃない。


「自業自得でしょうに……むしろ私はリリア王女殿下に同情します。マリウス様はすぐに他の女性とお関わり合いになりますから。ある意味、そういう星の下に生まれたのでしょうね」


 一歩いっぽ引いたところから、メイドが淡々と意見を述べる。彼女は俺が小さい頃から身の回りを世話してくれた。それゆえに、公爵家こうしゃくけ次期じき当主たる俺にも厳しい態度がとれる。それを咎めるつもりはないが、もう少し俺の心を案じてほしいものだ。俺だって、関わり合いたくて関り合ってるわけじゃない。たまたまそうなってしまうのだ。……うん? ほんとにそういう星の下に生まれた? いやいやないない。ありえない。


 脳裏に浮かんだ「まさしくその通り」という答えを無理やり消し去る。そしてため息を吐きながら彼女に言った。


「やめてくれ……俺だって自分の境遇には辟易してるんだ。リリア達にも悪いことをしてる自覚はある」


「おや? ご自覚はございましたか。では一向に改めないあたり、なにか理由があるのですね」


「……まあな」


 重大な理由がある。……いや、今は「あった」と言うべきか。すでにその問題は、先ほどのティアラとの会話で解決してしまった。


「でしたらせめて、婚約者であるリリア王女殿下には、それを伝えるべきかと。あのお方ならマリウス様の抱える問題を、一緒に背負ってくれますよきっと」


「だろうな。リリアはそういう奴だ。セシリアにも言われたよ。リリアは絶対に俺を離さないって」


「だったら——」




「それでも」




 メイドの言葉にぴしゃりと拒否を示す。言葉を重ね、明確な拒絶を表した。


「それでも……俺は自らの不安を彼女たちには吐露できない。これは俺が墓まで持っていく。誰にも明かすことはないだろう」


「マリウス様……」


「悪いな。本当に迷惑をかけてる自覚はあるんだ。自分じぶん自身が最低な人間だと思うよ。けど、言えないこともあるんだ。ほんの少しだけ、俺が抱える問題は大きすぎる」


 実に突拍子もない話だ。前世のこと、日本でのこと、この世界のこと、未来のこと。それら全てをこと細かく説明したところで、それを信じられる人間がどれだけいるか。いないだろう。逆の立場だったなら、前世の俺なら確実に信用できない。怪しい奴だと、狂ってるとすら思う。だから言えない。これは俺だけの問題なのだ。




「……ただ」


 一拍置いて、俺はどこか気恥ずかしい気持ちで続ける。


「今日、ティアラ嬢と話して……その問題もんだい自体は解決した。円満とは言えないが、不安が無くなったとは思う」


「そ、それでは……これからは、正直にリリア王女殿下と向き合うと?」




「無理!」




「え」


 メイドの期待をバッサリ斬り捨てた。歩くスピードがほんの少しだけ速くなる。


「今さらどんな顔してリリア達と仲良くすればいい! あいつらだって、俺が線引きしてたことくらい気付いてる! そんな俺が、どのツラ下げて今さら……」


 本当に今さらだ。遅すぎる。特にリリアはもう何年もの間、曖昧な態度で待たせ続けた。無言で何度、「俺はお前を愛さない。俺はお前と添い遂げられない」と伝えてきたことか。客観的に考えて、婚約者としては最悪さいあく最低だろう。悪役そのものではないか。


「へ、平気ですよマリウス様! リリア王女殿下はお心の広い方。自らの好意がようやく花開いたと思ってくれます! ファイト!」


「それはそうだろうが、問題はリリアだけじゃない。セシリアやフローラ、アナスタシアだって同じだ。いきなり四人だぞ四人!? 他に好きな奴ができるから平気だと高を括っていたのに……リリアと婚約してる俺にどうしろと!?」


「……それが本音ですか。マリウス様のくずっぷりに、私は涙を禁じえません」


「失礼だなおい」


 自分のへたれっぷりには、自分が一番いちばん失望してるよ。その上で、彼女たちと円満に距離を置く方法とか……知りませんか?




「たしかに現状、リリア王女殿下という婚約者がいるのに、他にも三人の令嬢と懇意にしてるのは問題です。幸い、マリウス様はヘタレなので醜聞にはなってませんが、今後のことを考えるとリリア王女殿下おうじょでんか以外とは距離を置く必要がありますね」


「今ナチュラルにヘタレって言った?」


「ただ、アクアマリン公爵令嬢であるセシリア様に関しては問題ないかと。他でもないリリア王女殿下が認め、その幼馴染でもありますからね。国としても、四大よんだい公爵家こうしゃくけ同士の結びつきが強くなるのは願ってもないことかと」


「あれ? 俺の疑問は無視? おーい、クビにするぞメイド~」


「それで言うと、一番いちばん厄介なのはフローラ様ですね。彼女はマリウス様の従姉妹。行動も大胆で、自らの好意を隠そうともしない……。リリア王女殿下に咎められても翌日にはケロッとしてますし、くれぐれもあの方には隙を見せないでくださいね。食べられますよ、性的に」


「すごいこと言うねお前。さすがの俺もびっくりだよ」


 でも事実である。その手の行為に一番いちばん積極的なのが彼女だ。あの病んでるリリアですら、一線を越えるのは躊躇する。だがフローラは躊躇しない。地雷原の上でタップダンスをするがごとく、平気な顔で迫ってくる。そしてリリアに怒られる。


 ちなみに一番いちばん奥手なのがセシリアだ。人の唇を奪っておいて、あれ以降、手を繋ぐのですら恥ずかしがる。にも関らず、おねだりやこっそりイチャイチャしてこようとするのだから質が悪い。しかも突き放すと、




「ご、ごめんね? 嫌、だったよね? もうしないから嫌いにならないで!?」




 と泣く。もはや以前の彼女とは別人だ。おれ以外の相手には以前の態度のままらしいが、どうしてそうなった。


「けど忠告は素直に受け取っておこう。万が一にも醜聞は避けたいからな。婚約うんぬん以前に、両親のメンツを潰すのはまずい。家を追い出されたら目も当てられん」


「その時はどこに行きますか? 仕方がないので、私も一緒について行ってあげますよ。マリウス様にとっては、姉のような存在でしょう?」


「そう思うなら、弟の情報を婚約者に流すな。お前のせいで俺がリリアに怒られるだろ」


「怒られるようなことをしなきゃいいんですよ。清廉潔白こそが美徳です」


「……はいはい」


 ああ言えばこう言う。仮に俺がグレイロード公爵家を追い出されても、こいつは置いていこう。うるさい。


 ようやく見えてきた男子寮を眺めながら、俺は心の中でそう誓った。


———————————————————————

あとがき。


もうすぐ完結と言いましたが、主人公の話が終わったら完結編です。まだまだ続くかもしれません。

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