第74話 宿命は巡らない

 主人公っぽい少女とラウンジに入る。彼女は平民だ。他に入室が許されているのは、俺のメイドのみ。合計三人。広い部屋の中央で、テーブルを挟んで席に座った。メイドは俺の後方で待機する。


「改めて、私が落としたハンカチを拾ってくださり、ありがとうございます。マリウス様には失礼かと思いますが、今回はお礼の意味も込めて私がお茶を出しますね!」


 そう言って、俺のメイドが用意した紅茶をティーカップに淹れる。もはや意味のない行為だが、彼女からの好意を無碍にもできない。俺は無理やり笑みを浮かべて、


「ありがとう」


 と言って、彼女から温かいティーカップを受け取った。

 当然、味は普通である。


「ところで、来て早々に悪いんだが……君に質問をしても構わないだろうか?」


「質問、ですか? ええ。私に答えられることならなんでも!」


「まだお互いに自己紹介をしてなかっただろ? そっちは俺の名前を知ってるようだが、俺は君の名前を知らない。よかったら名前を聞かせてくれないか」


「……あ! し、失礼しました! 私としたことが、貴族様に名前も名乗らず話しかけるなんて……」


「不敬とは言わないよ。安心してくれ。ただ俺が君の名前を知りたいと思っただけさ」


「マリウス様……素敵」


「うん?」


 気のせいか? 「素敵」って聞こえた気がする。さすがに気のせいだと思いたい。今のやり取りに素敵な要素など何もなかったのだから。


 俺は首をかしげる。彼女は俺の疑問に気付かない。そのまま自己紹介をはじめた。


「では、遅くなりましたが自己紹介をさせてもらいます。私の名前はティアラ・カラー。平民の身ではありますが、どうか、仲良くしていただければ幸いです!」




「ティアラ……カラー?」




 その名前を聞いた途端、俺の心臓は強く跳ねた。


 やっぱりだ。やっぱり彼女こそが、ゲームの主人公で間違いない。なぜ性別が男性から女性に変わってるのかは知らないが、カラーという苗字は、主人公と同じ。であれば、本来ほんらい登場するはずの主人公がいないことを含めて、彼女が主人公の代わりと判断すべきだろう。


 マジでこの世界は、俺の宿敵たる主人公がいない世界線なのか? 個人的にはラッキーだが、いないとなると逆に静かで怖いな……。


「私の名前がどうかしましたか? もしやご存知で?」


「あ、いや……そういうわけじゃない。キレイな名前でびっくりしただけだ。君によく似合ってると思うよ」


「え!? そ、そんな……似合ってるなんて……えへへ!」


 適当な褒め言葉にティアラが頬を染める。ゲームの主人公だけあって実際に普通に可愛い。美人系のリリアやセシリアと違い、彼女は可愛い系だ。童顔とも言う。ヒロインに負けないほど顔立ちは整っていた。

「マリウス様……それ以上、リリア王女殿下への罪を重ねないでください。また『人たらし! 女好き! 監禁してやる!』と言われますよ」


「ごふっ!?」


 メイドの耳打ちに、飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。

 嫌な記憶が蘇る。


「ま、マジでそうなる感じ? 今のやりとりが?」


「ええ、確実に。前も似たようなことをして、リリア王女殿下が暴れたでしょう? マリウス様は天然のタラシなんですから、発言にはご注意ください」


「天然のタラシて……」


 別に女性をだれかれ構わず誘ってるわけじゃ……ない、よ?


 あまりにも心当たりが多すぎて、胸を張って言えないが、実際、俺としては誘ってるつもりはない。毎回毎回、リリアに説教されるわ、殺されかけるわ、監禁されそうになるわで大変だが、本当に俺はナンパとかしてないから。たまたまそういう雰囲気になるだけだ。ごめんなさい。


「ま、マリウス様? 大丈夫ですか?」


 俺が急にむせてメイドと会話しだすから、対面に座るティアラが困惑していた。失敬失敬。彼女の存在を忘れていた。


 全ての疑問を振り払う最強の奥義、笑顔を浮かべて、先ほどまでの会話と失敗をなかったことにする。


「なんでもないよ。それよりティアラ嬢は、希少な聖属性の魔法が使えると聞いた。本当か?」


「え……? あ、はい。おかげで平民である私がこうして高等魔法学院に通えることができました。マリウス様とも会えて嬉しいです! きっと、これは私だけの……」


「ティアラ嬢?」


 ティアラが急に俯いてぼそぼそと呟き出す。首をかしげて声をかけると、彼女はびくりと肩を震わせて謝罪した。


「す、すみません! ちょっと考え事を……」


「俺も似たようなことをしたし、気にしないでくれ。立場とか権威とかそういうのは忘れて、普通の学友らしく接してくれて構わないよ。ここでは同じ学生なのだから」




「——やっぱり尊い!!」




「うえっ?」


 びくっ。急にティアラが大声を出してびっくりした。彼女は両手で顔を覆って上を向く。まるで、何かが限界を突破したかのようだ。いきなりすぎて俺とメイドは揃って困惑する。


「マリウス様がマリウスじゃなくて最高すぎる……ああ、神様ありがとう! 私、——できてよかった!」


 またしても一人でぶつぶつと彼女は呟きはじめる。テンションの上下が激しくて普通に怖い。だが、俺もメイドも、触らぬ神になんとやら。彼女が大人しくなるまで笑顔で見守った。


 途中、早口すぎて、声が小さすぎてなに言ってるのかわからなかった。まあ、楽しそうなので気にしない。


 お茶を飲みながらのんびりと待つ。




 ▼

 結局、彼女の暴走はあれから三十分も続いた。終わった瞬間、自分のミスを悟ったのか、凄まじい勢いで頭を下げられる。もちろん許した。


 彼女が起こした失態など、彼女がもたらした吉報に比べればクソだ。それに、女性の暴走ならリリアの方が怖い。あと厄介。


 話もそこそこにティアラと手を振って別れる。彼女と会話できたおかげで、心に刺さった棘が抜けた。世界はこんなにも色鮮やかなのかと感動する。


 鼻歌まじりにラウンジを離れ、ニコニコ笑顔で帰路に着く。











「マ、リ、ウ、ス、さまぁ?」




「……ちゃうねん」




 幸せの絶頂から一転、背後から絶望が現れた。俺は全身から汗を滝のように流しながら、言い訳を考える。


「ちょ~っと、聞きたいことがありまして~?」


「特待生の女子生徒、ティアラ・カラーさんとラウンジにて談笑してました」


「メイドぉ!?」


 俺が何か言う前にメイドがまたしてもゲロッた。


 リリアの手が俺の肩を掴む。ふっ……終わったぜ。いっそ笑顔で俺は彼女に引きずられていく。目的地は、先ほどのラウンジ。否。地獄だった。

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