第73話 フラグを立てるなフラグを!

 教師による校内案内が終わった。このあとは授業もなく新入生たちはまばらに自寮へ帰る。中には友人と談笑する者もいた。


 俺はというと、またしてもリリアにお茶に誘われた。しかし、その日は「他にやりたいことがある」と言って断った。もちろん嘘だ。やりたいことなどない。しいて言えば校内散策だろうか。ここは知ってるゲームの中だからな。その舞台を見てまわりたいと思うのは当然だ。


 散らばる生徒たちを横目に、俺は一人で校内をねり歩く。後方にはメイドが控える。彼女の仕事は、俺の身の回りの世話だから置いてくわけにもいかない。


 とはいえ、俺が思考を巡らせると自然と離れてくれる。実に有能だ。伊達に付き合いが長いわけじゃないな。






「…………ん?」




 目的もなく中庭のそば、渡り廊下を歩いていると、不意に見慣れぬものが視界に映った。あれは……ハンカチ、か?


 ピンク色のハンカチだ。花柄のデザインと色を見るに、この学校の女子生徒の持ち物だろう。記憶がたしかなら、落ちてる場所は校内案内で通った道。クラスメイトの私物である可能性が高かった。


 やれやれ。面倒事の気配を感じるもハンカチを拾う。一度(いちど)見つけておいて見なかったフリはできない。


「落し物なら職員室へ届けるのが常識だが……念のため、落とし主が見つかるかもしれないし、先に残ったクラスメイト達に声でもかけるか……」


 ぱっぱっぱっ、とハンカチに付いた汚れを落とし、来た道を戻る。その途中で、こちらに走ってくる生徒が見えた。


 見覚えのある容姿に思わず、


「げっ」


 という声が出た。

 主人公? だ。件の謎多き人物だ。得体の知れない彼女を見るだけで、不思議と不安を覚える。


 そしてその予感は、見事に的中するのだった。俺を見つけた主人公? は、手にしたハンカチと俺の顔を交互に見て、暗かった表情をぱあっと明るくする。


 あー……そういうアレね。一発でわかった。


「マリウス様! そのハンカチ……マリウス様が拾ってくださったのですか?」


「あ、ああ。まあ、な。たまたま落ちてるのを見つけた。もしかしなくても……君のか?」


「はい! 母から貰った大事なハンカチだったんですが、どうやら校内案内の途中で落としてしまったらしく……急いでそれに気付いて探しにきたら、マリウス様が拾ってくださってました。ありがとうございます!」



 ま、眩しい……。小動物っぽい顔で笑う彼女の様子は、まるでキラキラエフェクトでも搭載してるかのようだ。

 ずいぶんと大袈裟だが、そんなに大事なものだったのかな? 素直に拾ったピンクのハンカチを差し出す。


「そうか……偶然とはいえよかったな。ほら、今度は落とさないように気を付けろ」


「くれぐれも気を付けますね! それはそうと、このお礼はちゃんと返さないと……よろしければお茶でもどうですか? この学院にあるラウンジは、見晴らしもよく人気らしいですよ! 今なら利用者も少ないでしょうし……」


 おえっ。

 ハンカチを渡したのに話が終わらない。この子、意外とぐいぐいくるぞ。

 即座に俺は彼女の提案を断ろうとした。が……そこでふと思う。


 ……ひょっとして、これはチャンスなのでは? と。

 もともと彼女とは話がしたかった。主人公かどうかの確認をしておきたかった。であればこのチャンスを逃す手はない。

 

 顎に手を添え、やや悩んだ末に答えを出した。


「そう、だな。お礼を期待してたわけじゃないが、せっかくの申し出だ、お茶くらいなら喜んで付き合おう」


「——本当ですか!? やった! ではでは早速、ラウンジの方へ向かいましょう!」


「ああ」


 なぜか無駄に喜んでる。そんなにお茶を出したかったか? 深くは考えず、先に歩き出した彼女の背中を追いかける。直後、いつの間にか近くにいたメイドが小声で、




「いいんですか? リリア王女殿下に秘密で」




 と囁いてきた。




 ……やっべ。忘れてた。そういや俺、リリアの誘いを断ってここにいる。彼女にバレたらどんな目に遭うか……。


「今さら『やっぱり忙しい』って言うのもなんだし、くれぐれもリリアには秘密にしておいてくれ」


 同じく小声でメイドに返す。

 メイドは微妙に呆れた顔でため息をついたあと、


「バレないといいですね」


 と言ってまた距離を離す。



 やめろ。それはフラグというやつだ。そしてリリアのフラグはほぼ確実に立つ。おわた。

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