第72話 怪しい主人公?
無駄に長いリリアの説教を乗り越えて翌日。
本日は授業前に学院の施設などを見てまわる校内案内の日だった。主に新入生がクラス毎に分かれて教師の先導のもと、校内を歩きまわる。当然、同じクラスになったリリアやセシリアはもちろん、アナスタシアに——件の主人公? まで一緒だ。
「貴族でも学校に通うのは初めて。どんな場所があるのか楽しみですね、マリウス様」
「そうだな。地図で大雑把な構造は知ってるが、実際に目にするのとでは違いすぎる。俺もなんだかんだ楽しみだよ」
ゲーム画面には校内の一部しか映されない。いちプレイヤーとして、ハマッたゲームの世界を見てまわれるのは今さらながらにお得だ。
俺とリリアはセシリアとアナスタシアを誘い、和気藹々と集団で行動する。
「ボクは購買とラウンジが見たい。どんな物が売ってるんだろう」
「たしかにラウンジは私も見たいわ。広いといいのだけれど」
「見取り図を見るかぎりかなり広いと思いますよ。せっかくですし、この校内案内が終わり次第、利用してみますか?」
「賛成。マリウスももちろん来るでしょ? ……私がいると嫌とか言わないよね?」
うん? 急にセシリアのテンションが下がった。顔を青くしてるようだが、なにをそんなに心配してるんだ?
「別にセシリアがいても俺は文句なんて言わないぞ? お前を省いて楽しむとか俺は鬼畜かなにかか?」
そんなことしたらリリアにボコボコにされるだろやめろ。
「そうですよセシリア。心配しないでください。マリウス様は心優しいお方。他でもないセシリアのことを嫌うわけがないじゃないですか。一度でもあなたを省いて何かしたことがありますか?」
「……ない、ね。ごめん。ありがとうマリウス」
「うっ」
そんな純粋な笑顔を浮かべて俺を見ないでほしい。おまえ本当にあのセシリアか? 最近、彼女の中からツン要素が消えて普通の乙女に見えてきたんだが……これがファンの言う個別ルートでのセシリアなのか? ツンツンしていないと調子狂うな……。
「むしろ私は、婚約者である私に嘘ばかりついて他の女と遊びほうけるマリウス様に、どんな顔をしていいのかわかりません。取り合えず笑っておきましょうか?」
「怖いって……。あと、誤解を生むような発言をしないでくれ。昨日、リリアに怒られたあと俺がどんな目に遭ったのかお前も知ってるだろ……」
「珍しくフローラさんが圧を出して迫ってましたね。セシリアも『私、捨てられるの!?』と泣きそうでしたし、アナスタシアさんくらいでしたね、まったく動揺してなかったのは」
そう。そうなのだ。昨日、主人公の件——というか俺が説明を端折った件でリリアに説教されたあと、ラウンジに戻った俺を出迎えたのは、今リリアが言ったようなヒロイン達だった。
唯一、アナスタシアだけは無表情でお茶を飲んでいたが、騒ぐフローラ達を諌めるのは本当に疲れた……。
「ボクはほとんど平民と変わらないからね。そんなボクが、圧倒的に格上のマリウス様になにかを求めたりはできない。それに、ボクはマリウス様が誰と付き合おうと構わない。何人の側室がいようが構わない。……ボクを、ちゃんと見てくれるならそれだけでいい」
「アナスタシア? 最後なんて言ったんだ?」
最後の方ぼそぼそと声が小さくて聞こえなかった。しかし、他のメンバー達には聞こえたのだろう。リリアは黒いオーラを出し、セシリアは「わかる」と言わんばかりに何度も頷いていた。
何の話だろう。
「秘密。どうせ今のマリウス様に言ってもしょうがない。それより、ボクはさっきからあの人が気になるんだけど」
そう言って俺の疑問をスルーし、彼女はちらりと背後を見る。俺やリリア達もその視線の先を追いかけると、そこには俺が説教された原因たる主人公? がいた。彼女はなぜか校内案内が始まってからずっと俺たちのことを見てくる。
ぶつぶつ何かを呟いてるようなので、もしかすると話しかけたいのかな? けど、彼女が本当に主人公ならその身分はまぎれもない平民。非常に希少な聖属性の魔法適正を持つがゆえに平民でありながら特待生という枠で入学は許されたが、俺を含めリリア達はみな格の高い貴族と王族だ。彼女が話しかけにくい理由はよくわかる。似たようなアナスタシアでさえ、有名な商人の娘だし。
「マリウス様を誑かそうとした雌猫ですか。たしかに可愛らしい容姿ですが、そんなに好きなんですかマリウス様は」
「雌猫って……リリアには似合わない言葉だから今後は使わないように。リリアにはもっと優しい言葉が似合うよ」
「まあ! マリウス様ったら……! それは褒めてると受け取っていいんですよね?」
「ああ。俺の心臓にも悪いから、汚い言葉はやめようね……」
君のお父様にバレて俺の責任だと言われたら危ないからさ。君のお父さん、
「わかりました! マリウス様がそう仰るならもう汚い言葉は使いません! 淑女らしく振舞います」
「十分に淑女らしいよリリアは。世界で一番のお姫様だ」
「マリウス様……!」
頬を紅く染めて「きゃー!」と叫ぶリリアさん。あなたはもう少し人を疑うようにした方がいい。ここで「——なんて冗談だよ」って言ったらどうなるかな? ダイナミックな自殺? だよね。わかる。だから何も言わない。
今はリリアの気分を上げることができて安心するべきだろう。だが、今だにこちらを見つめる彼女の視線はたしかに気になる。かと言って話かけにくいし、今は校内案内の最中。……後でいいか。
「さ、そういうわけで雑談もそこそこに先へ進もう。いい加減にしないと先生に怒られそうだ」
「むぅ……残念ですがマリウス様の仰るとおりですね。飴と鞭が的確すぎて、思わず暴走しちゃいそうになります。この続きはあとでしましょうね、マリウス様」
「ど、どうかな、それは……あはは」
やっべ。リリアの目にハートマークみたいなのが見える。気のせいでだとは思うが、そういう時に限ってリリアは強い欲求を我慢してたりする。はぁはぁと息が荒いし、微妙にじりじり距離を詰めてくるから余計に嫌な予感がする。
俺は彼女の動きに合わせて後退しながら苦笑した。前に一度、この状態のリリアと二人きりになって貞操を奪われかけた。俺の叫びを聞いて専属メイド達が部屋に入るのがあと数十秒でも遅れていたらどうなってたか……思い出すだけでもゾッとする。
「ほ、ほら、行こうリリア。早くしないと置いていかれるぞ」
「——あ」
彼女からの好意? を振り払うように先頭を歩き出した俺は、背中に突き刺さるリリアの感情をあえてスルーして進む。
しばらくすると彼女の興奮もなんとか治まり、また優しく朗らかなリリア様が帰ってくる。……なんで俺がこんなに疲れなきゃいけないんだろう。間違ってないか、この展開。
▼
マリウス達が仲良く談笑しながら校内案内を楽しむ中、ひっそりと、実はバレてるとも知らずに一人の少女が、ひたすら真っ直ぐに彼ら彼女らの背中を見つめていた。
「……おかしい。あれがマリウス? ほとんど別人じゃない……。それに、リリア王女たちもすごく仲良さそう……やっぱり、何かが違うんだ、この世界は」
彼女の呟きを拾うものはいない。
たった一人のイレギュラーを除いて。
「でも個人的にはラッキーかなぁ。マリウス様、すごくカッコイイし。性格が悪くなきゃ、外見も家柄も完璧だもんね!」
少女はクスクスと笑いながら、その視線の先をマリウス・グレイロードだけに狭める。
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あとがき。
明日30日は3話投稿!
1/30(月)7:12→73話投稿
1/30(月)12:13→74話投稿
1/30(月)18:12→75話投稿
どんどん進んでいきますね。完結まであと少し。
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