第69話 交わる黒と白

 会場の正面入り口から入ってきたのは、俺の予想とは違う人物だった。


 たったったっと小走りに壇上のそば、最前列へ駆け寄ると、あろうことは俺の左隣の席へ着席する謎の少女。その際、少女と目が合った。すると彼女は、


「——!? も、もしかして……マリウス?」


 と俺の顔を見てとんでもなく嫌そうな表情を浮かべた。


 逆に俺は、「こいつが……主人公!?」と心の中で叫ぶ。お互いがお互いにしばらく見つめ合ったあと、何事もなかったかのように進行する入学式へ意識を戻す。


 だが、俺はいつまで経っても動揺したままだった……。




 ▼




 入学式が終わった。長ったらしい学院長の話も、今後の生活における話も、俺はその全てが左から右へと流れていった。


 入学式後、改めて合流したリリア達と肩を並べながら、なおも俺は考える。

 あれが、この世界の主人公なのかどうかを。


「マリウス様」


「ん?」


 考え事をしてると、隣に並んだリリアの声に気付く。


「何やらお悩みのところを申し訳ありません。この後ラウンジを借りることができたのでそちらに向かいたいのですが……問題ありませんか?」


「あー……そうだな。先に行っててくれ。俺はちょっと一人で考えたいことがあるから、後で合流する」


「わかりました。では場所はそちらのメイドに伝えておくので、また後ほど」


「ああ。またな」


 手を振ってリリア達と一時的に別れる。彼女はちょっとだけ残念そうな表情を浮かべていたが、今は何よりもあの新入生のことが気にかかる。

 俺は適当に学院の敷地内を歩きながら再び思考を巡らせた。


 まず、あの女は誰か。名前を聞いてないから正確に判断するのは早計だが、前世で見たことのある主人公のビジュアルを感じさせる美少女だった。髪と瞳の色も同じだし、何よりゲーム本編の始まりとまったく同じ登場の仕方をしていた。違うところがあるとしたら、主人公の席は本来、リリアの隣のはず。それが俺というのが微妙に引っかかる。


 他にも引っかかることはある。彼女の入学式での反応だ。


『——!? も、もしかして……マリウス?』


 彼女はたしかにそう言った。名乗っていないにも関わらず俺の名前を知ってた。どこで名前を知った? 俺と彼女は知り合いなのか? そもそも主人公の代わりが彼女だとして、彼女の身分は平民なのかどうか。それも判断材料に含まれる。


 危険ではあるが、後日、彼女に直接ちょくせつ話を聞いてみるしかないか……。

 けど。


「もし仮に……彼女がこの世界における主人公なのだとしたら……」


 彼女は紛れもなく女性だった。この国は前世の日本と同様に同姓どうせい間の結婚は法律によってできない。ならば、男主人公がいないままこの世界の物語は進む?


 それはつまり、俺の当初の不安材料でもあったヒロイン達が主人公との恋に落ちて、物語の強制力で俺が悪役と化す——ことがない、ということ。


 俺はずっと自分の未来のみを案じていたが……もしかしなくても、この先、俺の人生は安泰だったりするのか?

 そう思うと、不思議と心に抱えた不安が消えるのがわかった。しかし、代わりに別の問題が浮上してくる。


 ヒロイン達が主人公との恋愛を楽しみ、俺ことマリウスのそばから離れないということは……逆に、俺が主人公のポジションに立っているということになる。なんせ、現状、全てのヒロインと交流を持っているのは俺だ。婚約者のリリアはいるが、貴族にもなると側室なんて珍しくもない。そして、リリア以外のメンバーは全員が恐らく側室の座を狙ってる。


 唯一、アナスタシアだけは友人みたいな関係を築いてるし、彼女は数に入れる必要はないだろう。そう言えば今ごろ何をしてるのか……今日はまだ会ってないな。


「まあ、とにかく。まずは彼女に関して情報を集めることにしよう。まだ完全に俺の身が安全になったと決まったわけじゃない」


 うんうんと俺は今後の予定を決め、明日にでもあの謎の少女と話をしたいと思った。

 そのとき。






「だ、ダメ! あんまり動いたら……!」






 頭上から声がした。

 反射的に見上げると、近くの大木の上に一人の少女が登っていた。思わず二度見してしまう。




 なんせその少女こそが、ずっと考え事をしてた件の——主人公っぽい少女だったのだから。


———————————————————————

あとがき。


☆が1000になったら短編を投稿したい!(その頃には本編も進んでるはず!)


フローラ・サンタマリア短編

『夫婦ごっこ』

セシリア・アクアマリン短編

『二人きりの旅行』



リリア「ガタッ!」

マリウス「お前はもうやったろ」

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