第68話 ゲームスタート......あれ?

 馬車に揺られること数十分。北の区画の一角にある高等魔法学院に到着した。


 すでに校門の前は、多くの馬車で溢れている。自分たちと同じくこれから入学式を受ける学生たちだろう。とうとう、ここまで来たのだとマリウスはいっそう身構えた。


「すごい人の数ですね。どうやら、馬車を降りて先に会場へと向かってる様子……まあ、これだけ門の前が混雑してたら、馬車で行くと遅刻は免れませんものね。私たちもここからは徒歩で向かいましょうか」


「そうだな。事前に入学式の会場までのルートは頭に入ってるし、他の生徒もいるから迷子になることはないだろう」


 そう言って俺とリリアは馬車を降りる。眼前には、前世で液晶越しに映し出されていた美しい白塗りの校舎が見えた。


 今日から俺は、ここに通う。様々な悪意とイベントをこなし、やがて大きな運命を乗り越える主人公と共に……。


「マリウス様?」


「なんでもない。行こうか、リリア」


 ほんの数秒だけ立ち止まった俺に首を傾げるリリアだったが、俺が先頭を歩き出すと何も言わずにその隣に続く。

 しかし、歩き出して数秒後には知り合いに声をかけられてしまった。


「——あれ? マリウス? リリア?」


 声のした方へ視線を向けると、たった今、どこぞの公爵家令嬢が馬車から降りてきた。

 俺は「げっ」とした表情を浮かべ、リリアは「セシリア!」と嬉しそうに微笑む。


「奇遇ですね! これならやっぱり最初から一緒に登校してた方がよかったんじゃありませんか?」


「イヤよ。朝からあなたとマリウスの間に挟まれるなんて。それに……たまには二人きりにしてあげないと」


「も、もう……セシリアったら!」


 いきなりマリウスくんを放置してきゃっきゃっと楽しそうに談笑する二人。俺は二人の後ろに一歩下がってその光景を眺める。

 すると、そこへ、


「あ、いたいた。おーい! マリウスくーん!」


「フローラ?」


 またしても見知った人物がこちらに走ってくる。同じ制服に袖を通した二年生の先輩——フローラ・サンタマリア伯爵令嬢だ。


 腰まで伸びた長い髪を揺らしながら、彼女はとびきりの笑顔を浮かべて俺の前にやってくる。


「おはよう、マリウスくん。制服、すごく似合ってるよ!」


「おはようフローラ。二年生のフローラがなんでこんな所に?」


「生徒なんだから学院の敷地内にいるのは当然でしょ? この時間にここへ来た理由は、もちろんマリウスくんに会いたかったから! ふへへ、制服姿のマリウスくんカッコイイィ……」


 今にも涎とか垂らしそうなだらしない顔で俺に迫るどこぞの聖女様。がっちりと両肩を掴まれて逃げられない。


「あの、フローラさん? 俺、これから入学式なんだけど……」


「大丈夫。式が始まるまでには済ませるから!」


 なにを? とは言わなかった。それを聞いたら終わる気がして。


「何が大丈夫なんだ何が! 早く、その手を、離せ!」


「マリウスくんのケチ~。たまにはダメ? 押し倒しちゃダメ?」




「ダメに決まってるでしょう? 斬り殺しますよフローラさん」




「ひっ!? り、リリア王女殿下……ごめんなさい!」


 横から割り込んできたリリアの顔を見て、一気にフローラの顔色が喜びから蒼白に変わる。一目散にその場から逃走を図るが、地面を蹴り上げた瞬間にリリアに肩を掴まれて捕獲された。


「許しません。説教です。マリウス様たちは先に行っててください。私はフローラさんと大事なお話がありますので」


「ほどほどにな」


「ほどほどにね」


 俺とセシリアは揃って邪悪な笑みを浮かべるリリアに同じ言葉を投げると、心の中でフローラの冥福を祈って歩き出した。


 悪いなフローラ……俺もセシリアも今のリリアを止めることはできない。なぜかって? 下手に止めようとするとこっちに矛先が向かうからだよ。彼女の犠牲で俺たちが無事でいられるなら、それはもうしょうがない。


「いやぁあああ! 助けてぇえええ! マリウスく————ん!!」


 背後からフローラの悲痛な叫び声が聞こえる。だが、俺もセシリアも振り返ったりはしない。互いに視線を交わし、クスリと笑い合って目的地を目指すのだった。




 ▼




「ねぇ、マリウス」


 セシリアと共に、入学式が行われる会場を目指しながら歩いていると、ふいに彼女が声をかけてきた。俺は視線を隣へ向ける。


「なに」


「その……どうかな、この格好。制服姿を見せるの、初めてでしょう? に、似合う?」


「? 制服なんだから誰が着ても似合うだろ。もちろん、セシリアにもよく似合ってるよ」


「最初の一言は余計だった。……けど、そっか。えへへ」


 セシリアはやたら嬉しそうに笑った。俺はリリアに制服を褒められてもそこまで嬉しくなかったが、女性はやはりそういう身嗜みみたいなものに気を使うのかな? 自分の髪をいじり始めたセシリアを見ながら、ふとそう思った。


「ちなみに、どんな感じに似合う?」


「どんな感じ? 難しいな……」


 俺にその手の感想を求めるのは間違ってる。自分で言うのもなんだが、俺は貴族だが美的感覚は平凡だ。前世の記憶に引っ張られているのかもしれない。


 うんうんと頭を捻りながらも必至にセシリアへの言葉を探す。そうだなぁ……。


「たとえば、うん。前にセシリアには青い服が似合うと言ったが、白も似合う。こういう明るい色がお前にはピッタリなのかもしれないな。キレイな髪にキレイな目。それでいて意思の強さを感じさせるセシリアには、そのままのセシリアでいてほしい。リリアは明るく朗らかで太陽のような女性だとお前は言ったが、俺にとってはお前も……太陽みたいな存在だよ」


「…………」


 おや? 人がせっかく頑張って褒めたのに、セシリアは俺の顔を見つめたまま黙ってしまう。

 しばらくすると、


「~~~~~~~~!?」


 ボンッ! という音が出そうな勢いで顔を真っ赤にした。ぐるぐると目が回ってる。


「せ、セシリア? どうした!?」


 俺が慌てて彼女の肩を掴むと、さらに彼女の様子はおかしな方向へと傾いていく。


「申し訳ございませんマリウス公子! お嬢様はお疲れのご様子。一度、こちらでお嬢様を引き取るので、お話は後ほどで構わないでしょうか?」


「え? あ、うん。そうだな。悪いが彼女のことを頼む。入学式には間に合いそうか?」


「少し興奮してるだけなので問題ないかと。マリウス公子の寛大さに最大限の感謝を申し上げます」


 そう言ってアクアマリン公爵家のメイドが赤い顔のまま固まるセシリアをどこかへ引きずって行った。

 ちょこちょこ、


「お嬢様しっかりしてください。褒められただけでその様子……今後が心配ですね」


「だって、だって……だって! マリウスが! マリウスがぁ!」


「はいはい。嬉しくてカッコよくて耐え切れなかったんですね。おめでとうございます」


「う~、全然おめでとうじゃないわよ……ハッ!? 今の反応、無視したとか思われてマリウスに嫌われてない、かな? 私、よくよく考えたらすごく失礼よね……自分から言っといて……。そもそも鬱陶しいし……」


「あー……またですかお嬢様。その浮き沈みの激しさ、外ではやめてください。マリウス公子に見られますよ」


 などという会話が聞こえたが、よくわからなかった。あのセシリアが浮き沈みが激しい? まさか、な。俺は去って行く彼女たちの背中を見送ってから、改めて目的地へ向かった。


 と言っても、もうほとんど目と鼻の先にあるんだが。




 ▼




 朝からリリアに拉致されるわ、空気が静まるわ、フローラが連行されるわ、セシリアが連行されるわで色々あったが、なんとか俺だけでも先に入学式の会場に到着した。


 入り口にいた教師に指定された席の番号が書かれた紙をもらい、床に張られたテープの番号を確認しながら自分の席を探す。


 どうやら俺の席は最前列の右側だ。まだ隣の席などには他の生徒の姿はなく、俺はやれやれと疲労のこもったため息を漏らして席に座る。


 あとは入学式が始まるまでここで待っていればいい。ゲームのシナリオ通りなら、入学式が始まった途端には現れる。

 この世界ゲームの運命を背負った主人公が。




 ▼




 席に座り、しばらく悶々と今後の展開を予想していると、気が付かないウチに入学式が始まろうとしていた。右隣を見ると、すでに他の生徒がほとんど席に着席してる。


 目の前の壇上にやたら渋い顔のおっさんが上がると、それを見て入学式の始まりだと気付いた俺は意識を現実に引き戻す。その際、たまたま視界に映った左隣の席が空席だった。


 は? と思うのも束の間。自らを学院長と名乗る男が入学式の宣言をした瞬間、それは現れた。


 バン! というけたたましい音を立てて開かれる会場の扉。外から陽光が差し込み、しかしその中心に人型のシルエットが見える。


 誰もが扉の方へと視線を向け、俺とてそちらを見た。内心、「とうとう現れたか主人公め」と思いながら。

 しかし——。




「す、すみません! 遅れました!」


「えっ」


 扉の前に立っていたのは、妙に知ってる人物の面影を残した……華奢なひとりのだった。


———————————————————————

あとがき。


リリア「ガタッ!」

セシリア「落ち着きなさい。まだ新しいヒロインだと決まったわけじゃないわ」

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