第65話 貴族と王女

 知り合いの店の前がざわざわと騒がしかった。俺は円状に広がった人ごみをかきわけながらリリアと共に渦中へと向かう。

 すると、群集の中心には若いチンピラのような男が二人、オニキス商会の商品を手にしながら、わーわーぎゃーぎゃー騒いでいる。

 思わず俺は疑問を口にしてしまった。


「店先でなに騒いでんだ、お前ら」


 決して静かではない空気の中、しかしそれでも俺の声は鮮明に男たちの耳に届いたらしい。

 俺の言葉を聞いたチンピラ共が揃ってこちらを向いた。


「……あ? 誰だてめぇ。俺らはいま忙しいんだ、ガキが調子に乗ってしゃしゃり出てくると……潰すぞ?」


 ブサイクな顔をより歪めて俺を睨む男たち。


 参ったな。俺はぜんぜん気にしないが背後のリリアが萎縮してしまう。きっとゴブリンみたいな連中を見て引いているのだろう。

 まがりなりにも婚約者だし、あまり彼女を不安にさせるのもダメだな。


 俺は手を伸ばして背後のリリアの手を握った。


「わざわざお前まで見る必要はない。気分が悪かったら帰ってもいいぞ」


「いえ……ここにいます。マリウス様の雄姿、この目に焼き付けておかないと!」


「雄姿って……別に何もしないよ俺は。ただ、知り合いの店の前で騒ぐ馬鹿に注意しただけだ」


「ば、か? それは、なんだ? 俺らのことを言ってんのか、ガキ?」


 ぷるぷると俺の言葉に体を震わせる男たち。あまりの怒りに青筋が額に浮かんでいた。

 大人が本気でキレるとさすがに迫力あるな。

 けど、ろくでなしの騎士団長に長年しごかれてきた俺には、その程度の殺気は効果がない。強がりとかじゃなくて、感覚が麻痺してんだなこれ。


「お前ら以外に騒いでる客はいないだろ。いや……営業妨害してんだからもうお前らは客じゃないか。邪魔だからさっさと消えろ。店の迷惑だ」


「こ、こいつ……! やっちまうか? こういう世間をしらねぇガキは、痛い目に遭わないとわからねぇんだ。なぁ、おい」


「たしかに俺は世間知らずだが、お前らも大概だぞ? 喧嘩を売る相手くらいはちゃんと慎重に選べ」


 そう言って俺は手を上げてちょいちょいと指示を出す。

 誰に? そりゃあ離れた所にいる護衛にだよ。人混みをかきわけて鎧を身に付けた兵士が姿を現す。


 本来は魔法が使える俺がいれば大抵の相手はどうにかなるが、別に揉めたいわけじゃないので今回は俺は手を出さない。

 代わりに、


「な、なんだこいつら。どこから湧いて出やがった!」


 権力を用いる。アナスタシアに正体がバレるのは不服だが、頃合いでもあった。それに、彼女の邪魔は俺の未来への妨害でもある。

 どんな手を使ってでも余計な連中を黙らせる必要があった。


「お、おい……まずいぜこれ。奴らプロだ。佇まいが俺らとは違う……って、まさか、あの家紋!?」


 チンピラの一人が、騎士の鎧に刻まれた家紋に気付く。

 大抵の貴族が、自分の私兵だと他者に伝えるため記している家紋に。


「家紋? 家紋がどうした」


「あの形……間違いねぇ! 王国最強の騎士を輩出する、グレイロード家の家紋だ!」


「グレイロード!? グレイロードっていやぁ、トワイライト王家を支える四大公爵家の!?」


 一人が俺の正体を明かすと、もう一人も全てを悟ったのか全身を小刻みに震わせる。


 そう。お前らが馬鹿にし暴言を吐いたのは、他でもない王国最高の貴族だ。

 相手の身分を知らなかったからノーカン? いやいや、この時代、この世界はそんなに甘くない。これもまた自己責任。文明の遅れた時代は最高だなぁおい。


 もう俺が指示を出せばこの場で彼らを斬り捨てても文句を言われない。

 実際、ゲームだと何人か殺しちゃうからね、マリウスくん。


「マリクスが……貴族で、公爵家?」


「…………」


 やっぱり近くにいたアナスタシアにも、俺の正体は届いたか。

 まるまるとした瞳がこれでもかと開かれており、その視線の先には俺がいる。

 動揺、恐縮、不安。その目には様々な感情が宿っていた。


 俺はやや居心地の悪さを感じながらもアナスタシアの方へ近付き、


「すまん。身分を隠してて悪かったな」


 と言ってから、改めて自分の名前を名乗った。


「俺の本当の名前はマリウス・グレイロード。そこのチンピラ達が言ったように、グレイロード公爵家の長子だ」


「マリウス……グレイロード家のマリウス公子と言えば、最近、第三王女殿下と婚約した?」


「ああ、まあな。婚約させられたというかなんというか……」


「マリウス様? なにか仰いましたか?」


「——ひぃっ!? な、なんでもないなんでもない! 今日もリリアは可愛いなぁって」


「あら、ありがとうございます。マリウス様もカッコイイですよ」


「リリア? リリアってまさか……」


 怒涛の勢いで俺とリリアの正体を明かされ、アナスタシアの許容量が限界を突破した。

 無表情な彼女にしては珍しく目を回しながら倒れてしまう。俺は咄嗟に彼女を支えて抱きあげるが、それすらストレスになったのか、彼女は気絶した。

 そして、背後から「またですかマリウス様?」という鋭いリリアの視線がブッ刺さる……。


 なにこの状況。もう収拾つかないんですが?

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