第57話 黒くて硬くて甘いアレ

「アナスタシアが、高等魔法学院に……通わない!?」


 淡々と告げたアナスタシア。しかし、それを聞いた俺は雷を喰らったかのように全身を大きく震わせた。

 下ろしていた腰を上げ、衝撃に染まりながらアナスタシアに詰め寄る。


「う、うん。正確には、行こうとは思ってたけど個人的な理由で行けなくなりそう、かな」


「一体なにがあったんだ。オニキス商会ほどの財力があれば学院に三年間さんねんかん通うくらい問題ないだろ!?」


「……なんだかマリクスはやけにウチの商会に詳しいね。やっぱり変」


「っ! いや、ほら……リリーも知ってるくらいには有名な商会だし、学院に通うために必要なお金はそこまで高くないってどこかで聞いたことあったから……な」


「ふーん……まあいい。今はマリクスのことを問い詰めるより、ボクのことを説明しておく」


 ホッ。

 アナスタシアがあまり他人に興味を示すようなタイプじゃなくてよかった。

 代わりに隣に座るリリアからの視線が非常に痛いが、それはこの際スルーしておく。今はリリアのことよりアナスタシアの件だ。


 彼女がシナリオ本編と異なり学院に通わなかったら、それだけで本編が大きく変わる可能性がある。

 なんせ彼女を除けば、ヒロインのうち三人が明確に俺への好意を口にしているメンバーだ。仮に主人公が彼女たちに惚れたら修羅場まったなし!

 いつ俺の破滅フラグが成立するのか気が気ではない。


 俺のため。そして彼女のため。何より主人公のためにも俺はアナスタシアから事の真相を聞かなくてはいけない。

 食事の手を止めて真面目な顔で彼女の言葉を待った。


「と言っても、ボク自身になにかあったわけじゃない。両親は今でもボクを学院に通わせようとしてる。けど、他でもないボク自身がそれを拒んでるだけ」


「どうしてだ? 学院を卒業しておくことは将来のためにもなるだろ」


「マリクスさ……マリクスの言う通りです。計算に読み書きはもちろん、経済に関しても学ぶことは多い。次期会長の座に座るつもりがあるなら尚更……」


「うん。二人の言う通り。両親にも同じことを言われた。でも嫌なんだ。ボクのせいで決して安くない入学金を払い、学費なんかを負担してもらうなんて……ただでさえ、今は他の商会からの圧がすごいのに」


「他の商会からの圧?」


 なんだそれ。

 彼女の過去にそんな話あったか?

 ぜんぜん記憶にない。引っかかる単語ではあるのだが……。


「ウチの商会は他の商会に比べて新参者。これまでは、両親のアイデアが偶然ヒットして名を上げることができたけど、昔からある商会の会長たちはそれが気に喰わないらしい。営業妨害されてる」


「なっ!? 営業妨害?」


「毎日のようにガタイのいい男たちが店に来て商品に難癖をつけたり暴れたり……。一回ごとの被害は小さいけど、最近はそれのせいで売り上げが落ちてるってお父さんが言ってた。このままだとどんどん客足は遠退いていく」


「でしたら、護衛の方を雇ったりしては?」


「無理。前に雇ったことあるけど、質のいい護衛はなかなかいない。いたとしても他の商会の息がかかってるせいで誰もボク達の頼みを引き受けてくれない」


「いっそ営業妨害が可愛く見えるほどの商品を開発しまくるとか? 人の噂もなんとやらって言うしな」


「それも難しい……目を引くようなアイデアは簡単には出てこないから、時間がかかる。このままだとアイデアが出来上がる前に客足がほとんど遠ざかっていく」


「…………」


 ま、マジか。

 ほとんど詰んでるじゃんそれ。護衛を雇おうにもその手の店に顔の効く何者かが妨害し、雇えてもまともな護衛はいない。

 かと言って無視を決め込んだまま運営できるほどのスペックはオニキス商会にない。これが老舗だったら違うんだろうが、なまじ新人にはキツイか……。


 いっそグレイロード公爵家の名前や権力でも使うか? いや……いくらなんでもあの父が首を縦に振るとは思えない。守りたいと思えるほどの価値が商会に無いのだから。


「だから学院に通わずボクは両親と協力してオニキス商会を支えたいと思う。学校に行ってる間に何が起こるかもわからないし」


「たしかにな……」


 アナスタシアの言う通りだ。ただでさえ学院に通う前から妨害されてるのに、三年間も悠長に構えてる余裕があるかどうか怪しい。

 だが、彼女が学院に来てくれないと俺の計画が壊れるのもまた事実。


 けどどうやってこの状況を打開すべきか……できるかぎり自分の力で乗り越えてほしい。その方が未来への影響も少なくて済むし。


「ちなみに今の段階で何か解決策はないのか? 新しい商品のアイデアがあるとか、知り合いに凄腕の剣士がいるとかそういうの」


「ない。特に護衛の方は無理。オニキス商会は新参だし、ボク達はもともと別の国の出身。この国に偉い知り合いなんていない」


「ですよねぇ」


 そういやそんな設定だったわ。

 めんどくせぇなおい。どうしてそんな設定にした! 作者!


 俺が心の中で製作者にぶちぶち文句を垂れていると、不意にそこでアナスタシアの表情が変わる。

 そういえば、と何か思い出すようにポツリと言葉を零した。


「ただ……一つだけ珍しい物は見つけた」


「珍しいもの?」


「大きな実。食べ物らしいけどそんなに美味しくない」


「なんだそれ。なぞなぞか」


「なぞなぞ? 本当にそういう実がある。暑い地域でのみ採れる……たしか名前はカカオ。現地の人もあまり食べない意味不明な植物」


 ——は? カカオ?


「カカオってチョコレートの原材料じゃん。カカオがあるならチョコレート作れば売れるんじゃね?」


 たしかこの世界にチョコレートというお菓子はない。

 恋愛がメインのゲームだからな。そういう余計な設定は曖昧かつ適当なのだろう。俺はさも当然にそれを口にした。

 したが……。






「「チョコレート?」」






 口にした瞬間、俺は自らの間違い……ミスに気付く。

 俺と違って、目の前の女子二人は揃って首を傾げた。ジッと俺の顔を覗くその目には「なにそれ? 詳しく!」と書いてある。


 どうやら……無意識にやらかしてしまったらしいことだけは、明白だった。

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