第55話 フラグってやつ

 翌日。

 気分の乗らない俺の前にリリアは約束通り現れた。

 豪華な馬車から降りたった彼女は、太陽のごとき笑顔を浮かべて言う。


「おはようございますマリウス様。マリウス様に言われた通り、ちゃんと平民の格好……お忍び用の洋服で来ました」


「……ああ、おはようリリア。その格好もよく似合ってるよ、ほんと……」


「まあまあ! ありがとうございます。マリウス様も平民の格好、とてもよくお似合いで。しかし、やはり公爵令息となると高貴なオーラを完全に隠すことはできませんね。そうでなくともマリウス様の容姿は人目を引きますし……」


「そんなことないさ」


 王族の君に比べたら俺の変装? なんて普通ふつう普通。

 リリアは気付いていないが、外套をしないと彼女の王族オーラは隠せない。

 遠目からでもわかるのだ。「あ、彼女は高貴なお嬢様だな」と。


 しかし、それを指摘して彼女にだけ外套を羽織らせるのもなんだかなぁ……。それはそれで目立つだろうし、自分だけ外套を羽織るなど彼女も嫌に決まってる。


 後ろに控えるメイドや護衛の騎士たちが、「なにとぞお嬢様をよろしくお願いします」と目で訴えかけてくるくらいだ。

 ここに来る前に外套の件は指摘済みだろう。

 俺も早々に諦める。


「それより、早速、王都の東にある貧民街へ行くとしよう。なにが起こるかわからないから、リリアは絶対に俺のそばから離れないでくれ。もしくは離れるならせめて騎士の方へ行くように」


「もう一回、お願いします」


「え?」


「俺のそばから~、をもう一回お願いします」


「……俺のそばから絶対に離れないでくれ」


「できれば『離れるなよ』と。ちょっと強気な感じで」


「……俺のそばから、離れるなよ」


「きゃ————! マリウス様カッコイイ! 私のことを……私のことだけを心配してくれるなんて!」


 朝から元気だな~……。

 王女様の今後に不安が出てくる。


「喜ぶのはいいけど、ほんとに気を付けてくれよ、リリア」


「わかってます! マリウス様から一秒たりとも離れません! 腕が折れても必ずマリウス様にしがみ付きます」


「そ、そうか……よかった」


 その腕が折れる奴は、俺じゃないよな? 自分のことだよな、リリア?


 先行きにいきなり暗雲が立ち込めるものの、時間が差し迫ってきているので不満を口にすることなく俺とリリアは貧民街へと向かう。

 こういう時は、大概、なにか面倒なことに巻き込まれるものだが……。




 ▼




 リリアと共に東の居住区画へ到着。

 貴族が多い富裕層と違って、平民や孤児の多い貧民街は馬車での移動に適さない。

 細道を通って教会がある路地裏の方へ行かなきゃいけないし、どちらにせよ馬車での移動はここまでだ。護衛の騎士きし数名とメイドが一緒に馬車から降りる。


 俺たちが貴族だとバレるわけにはいかないので、一定の距離を空けながら目的地を目指して歩く。

 前回ぜんかい同様、炊き出しに参加すると思われる住民たちが路地裏のさらに奥へと向かうのでそれについて行った。

 数分も歩けば開けた広場に到着する。


 しかし、にも関わらず問題は起きるものだ。

 高貴で美しいリリアに釣られ、複数の屈強な男たちがこちらへ近付いてきた。


「よう坊主。可愛い彼女を連れてるな。ちょっと俺たちに貸してくれねぇか? お話させてくれよ」


「話だけで済むかはわからねぇけどな」


 馬鹿っぽい顔してるとは思ったが、台詞まで馬鹿っぽいと逆に笑えない。

 哀れみを込めた眼差しでため息を吐く。


「ハァ……残念ながらそのお願いは聞けない。これから向こうの広場で炊き出しが行われるし、それで我慢しなよ」


「あ? ガキのくせに、偉そうなこと言ってんじゃねぇぞ!」


 男が拳を振り上げる。

 真っ直ぐに俺の顔面を狙って拳を振り下ろした。


「民度が低いな」


 その拳が俺の顔に届くより前に、俺は脚を上げて蹴りを放つ。

 隙だらけの男の腹部に足がめり込んだ。衝撃で数メートル後方へ男が転がる。


「ぐえっ——!?」


「な、なにしやがった!?」


「なにって……蹴り飛ばしたんだけど。見てなかったのか?」


「くそ……! こいつ魔法使いか。覚えてろ!」


 あまりにもテンプレな捨て台詞を吐いて、蹴り飛ばされた男を担ぎながらもうひとりの男は逃げ出した。


 魔法が使えない一般人は、魔法が使える子供にも勝てない。

 恋愛メインとはいえ、この世界は意外と凡人に厳しいのだ。魔法使いならば誰もが最初に覚える身体強化でさえ、使えば簡単に大人を圧倒できる。

 まあ、俺の場合は父に鍛え上げられてるんだがな。無理やり。


「素敵ですマリウス様! 颯爽と悪漢を撃退する腕前……まさに天才的でした! さながら私は、勇者に守られるお姫様のような気分です」


「王女様だしな、君」


 まじもんのお姫様だよ。


「これなら治安の悪い貧民街でも安心です。この先も私の護衛とエスコートをお願いしますね」


「炊き出しにエスコート……合わないな」


 そう言いながらも再び俺たちは路地裏の奥を目指す。

 邪魔は入ったがその後はすんなりと広場に到着した。


 すでに炊き出しははじまっており、近くの住民たちが賑やかに食事を楽しんでいる。

 そこでふと、俺は思った。

 そもそもリリアが同行するなら、ここに来る意味はなかったんじゃ?


 ……いや、デートするのも嫌だったし、嘘だとバレて悲惨な目にも遭いたくなかった……うん。これはこれでいい。

 改めてことの経由を呑み込み、視線を左右へ走らせると……教会の入り口近くで彼女を見つけた。


 バッチリ俺と目が合った、アナスタシア・オニキスを。

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