第53話 いつものパターン
アナスタシア・オニキス。
ゲームの設定によると、彼女は
表情筋が弱いのかその手の感情が欠落してるのか、前世のモニターの中でも彼女が表情を崩すことはほとんどなかった。
いわゆる「無表情系ヒロイン」である。
デフォがツンツンしてるくせに表情豊かなセシリアとは違って、彼女はツンツンもしてなきゃ笑わないし怒らない。
ずっと笑顔を浮かべてるリリアやフローラともそこが大きく異なる。
ファンからしたら昔からよくいる属性のヒロインではあるが、それゆえに容姿の良さも相まってそれなりの人気があった。
アナスタシアの個別ルートをプレイした俺から言わせてもらえば、やはり共通ルートでは無表情なのに、個別ルートではよく笑うヒロインって可愛いよね——って感じ。
自分にだけ見せる特別な表情、態度は男の独占欲をほどよく満たしてくれる。
……そう言えば、前に見たネットの感想によると、セシリアも共通ルートと個別ルートでだいぶ性格が異なるらしいが……そこら辺はぜんぜん知らない。
昨日も告白されたあとはすぐ別れて話をしていなかったし。
個人的には、セシリアにはあまり変わってほしくないのだが……今はそれより目の前のヒロインだ。
未だに俺が差し出されたトレイの上に乗っかる料理に手を伸ばさないものだから、不思議そうな顔で首を傾げている。
無理もない。
今の俺は完全にどこからどう見てもただの平民。それがわざわざこんな場所まで来たのに炊き出しへ参加しようとしなければ、疑問も浮かぶ。
けれど、ご飯はしっかり食べているのでお腹は空いていない。
やや間を置いて俺は首を左右に振った。
「せっかく俺のために持って来てくれて悪いけど、お腹は空いてないんだ。他の子供にでもあげてやってくれ」
「お腹、空いてないの? なら、どうしてこんな所に? もしかして教会に用事があった? それなら言えば通してくれるよ」
「いや、別に教会にも用事はない。ただ、周りの人たちが大勢でこっちへ向かってるのが見えてね。気になって足を運んだんだ。そしたらたまたま炊き出しが行われてたってわけ」
「なるほど。でも子供が遠慮しないほうがいい。たくさん食べないと大きくなれない」
「君だって同い年だろ。俺は毎日しっかり食べてるから、むしろ君が食べればいいんじゃないか?」
「ボクも毎日しっかり食べてる。お腹は空いてない」
「ああ、そう」
そりゃそうか。
商会を経営する両親の娘とはいえ、身分は貴族のそれだ。
下級でも平民に比べれば喰うものに困ったりしない。
「ならやっぱり他の子にでも渡してあげてくれ。彼らの分を俺が食べるのは申し訳ない」
「そう。わかった。とりあえず誰かに渡してくる。冷めたら、
「いってらっしゃい」
トレイを持ったまま、近くを通りかかった子供へ料理が盛られた皿を渡しに行くアナスタシア。
彼女の背中を見送って俺はひらひらと手を振った。
ふむ。
ファーストコンタクトにしてはそこそこ悪くない会話だった。
機械のように淡々とした彼女との会話は、モノグサな俺からすれば意外と話しやすくて助かる。
彼女となら、友人くらいの関係は構築できそうだな。
そう思っていたら、なぜかアナスタシアはトレイを持ったまますぐ俺の下に戻ってきた。
「ただいま。食べもの、渡してきた」
「なんで戻ってきた。仕事中だろ。炊き出しの」
「あくまでボクはお手伝い。必要なものは届けたけど、本来、経過を観察するだけでいい。炊き出しの仕事はシスターの仕事」
「ふーん。だとしても戻ってくることないだろ。俺に用件があるわけでもないし」
「ない。けど、あなたが気になった」
「——は? 気になった?」
「身なりは平民なのに平民らしくない。生活もまともそうだし、炊き出しのことも知らなかった。定期的に行ってるのに。気になる」
「うっ……それは……」
答えに困る質問だ。
俺が平民じゃないと
余計なこと言ってボロを出さないよう、俺は早々に退却することにした。
「それは?」
「ひ、秘密だ。男には秘密の一つや二つある……。そして俺は用事を思い出したので帰らなくては! 残念ながら、君との話はここまでだ! さようなら」
立ち上がってそそくさとその場を去る。
やや強引だが、次に会うのは学園の入学式。その頃には俺のことなんて忘れてるだろう。
「? さようなら。明日も、炊き出しするから。暇だったら、来て」
最後にそんなことを彼女は言ったが、もちろん俺は行く気などさらさらない。
振り返ることなく来た道を戻り、大人しくグレイロード公爵邸へ帰った。
このあと、更なる問題に直面するとも知らずに。
▼
真っ直ぐにグレイロード公爵邸へ帰ってきた俺は、入り
涙を流しながら彼女に説教されつつ屋敷の中に入った。
すると、二階へ上がった俺のもとに廊下の奥から一人の少女が現れた。
ニッコリ笑顔のリリアだ。
即座に踵を返す。
一目散に逃亡しようとしたが、背後に控えていたメイドに退路を塞がれた。
「これはどういうことだ。なぜ屋敷に入る前に報告しなかった」とメイドへ視線で不満をぶつけると、涙を拭いた彼女は「言ったら逃げると思うので言わないでください、とリリア王女殿下に命じられました」と答える。
自分のことを熟知してる彼女に感動すべきか、逃げられなかったことを哀しむべきか……そうこう考えてる内に、——リリアが目の前に立っていた。
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