第52話 最後のヒロイン

 早朝。

 俺はベッドから起き上がると、昨日きのう感じた不思議な悪寒に怯えて外へ出掛けることにした。


 なぜだか本能がそれを告げている。

 「自宅から離れた方がいい」と。

 だから適当に用意した平民用の服に袖を通し、どこからどう見ても平民風な格好で家を出る。


 ちなみにメイドや護衛の騎士はいない。

 毎度まいど毎度、彼らに同行されると息が詰まる。

 今回はこんな格好だし誰かに自分が貴族だとバレる可能性も低いだろう。


 窓から脱出する姿は、さながらスパイか盗人のようでちょっと楽しかった。

 若干の不安は残るが、それでも俺は地面を踏みしめて前に進む。


 本日の予定は、東にある居住区画へ遊びに行く。

 これまで北や西の貴族街が外出の中心だったからね。そろそろ前世の記憶が、肩肘張らない場所をご所望だ。


 照りつける太陽に目を細めながらも俺は東区を目指して歩く。

 馬車がないと体力的に面倒だが、たまにはそれくらい我慢した。

 そして三十分。

 無駄に人が多い東の貧民街へやってきた。


 ここには多くの平民が居を構えているらしい。

 前世で言うアパートのようなものが多く、一つの家に複数の人間が同居してるとかなんとか。

 わかりやすく言うと宿だな。


 平民にはあまりお金に余裕がある者はいない。

 だからそういう宿に泊まることで宿泊費を抑えている。


「少しだけ屋台も出てるな……活気がないわけじゃない、か」


 富裕層と違ってわりと不衛生な印象を抱く景色だが、それでも平民たちの顔には絶望はなかった。

 むしろなんだか嬉しそうにワラワラと路地裏の方へ向かっている。

 今日はそこで何かあるのだろうか?

 気になった俺は、彼らの後ろに続く。


 一軒一軒がやたらでかい貴族の屋敷に比べ、平民たちの住む貧民街は一軒屋ほどの建物がちょこちょこと並んでる。

 宿はそれなりのスペースを確保しているが、それでも貴族の住む建物に比べれば小さい。

 だからだろう。あっちこっちに路地裏へ続く道があり、左右へ曲がれる角もたくさんあった。


 俺が一人でこんな所に迷い込んだら間違いなく迷子になるな。

 何があるかわからないが、ほぼ全員が真っ直ぐに同じ場所を目指すので迷わないで済む。

 ……いや、元の道に戻れるかといわれたら怪しいが、まあそこまで複雑な道のりじゃなかったし、なんとかなるだろ。

 いざって時は誰かに聞いてでも帰る。


 そんな覚悟を決めた俺の視界に、ようやく路地裏ではない光景が飛び込んできた。


「あれは……」


 そこは、やや開けた広場のような場所。

 奥に十字架を背負った建物が見える。恐らく病院か教会だろう。


 その入り口近くでは、無駄にでかい鍋を置いて何やら調理を行っていた。

 見ると、広場には多くの平民や孤児が集まっている。


「なるほど。炊き出しか」


 わらわらと光に集まるように平民が移動してたわけだ。

 無料で食べられる食事は、平民や孤児からすれば非常にありがたい。

 誰もがそこへ行きたがるはずだ。


「皆さん順番に並んでください! これより炊き出しを始めます! ちゃんと全員分ありますので、横入りしたり喧嘩しないでくださいね!」


 お、しかもちょうど俺が来たタイミングで炊き出しが始まった。


 なんとなく俺は珍しい光景に興味がわいたので、近くで座って彼らの光景を眺める。

 朝食は食べたしお腹も減ってないから炊き出しには参加しない。

 俺の分も他の人たちが食べてくれればいいさ。


 見ると、参加者にはそれなりに小さい子供もいる。中には痩せ細った孤児だろうか。見るからにあまり食べられていないような子もいた。

 彼らの分まで貴族である自分が食べる必要はない。

 ただのんびり、平民たちの食事を見守る。


 すると、そんな俺のもとに一人の少女が近付いてきた。

 遠目でもわかる身なりのよさ。平民にはあまり見えなかった。


 彼女は何やら両手でトレイを持っている。その上には当然ながら炊き出しで出す料理が乗せられていた。

 それをこちらまで持ってくると、無愛想な顔で言う。


「こんな所で待ってると時間がかかる。子供なんだから遠慮しないで食べて」


 と。

 だが残念。俺は食べ物よりも彼女の顔を凝視した。

 なんかどこかで見たことある顔だな……。


 首を傾げる彼女。それをさらに無視してジッと見つめ続けると……ようやく答えが出た。答えが出て、——俺は一気に表情をげっそりさせる。


 もはや驚くことも疲れた。

 ああそうだよ。間違いない……彼女は、ゲームに出てくる最後のヒロインだ。

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