第50話 第三王女の秘密の嫉妬

 マリウスとのデート。

 最後の関門たる外壁の上での騒動が終わった。


 ほとんど一方的にキスをし自分の感想や告白などを行ったセシリアは、放心するマリウスに「ごめんなさい、先に帰るわ」と言って外壁の下まで戻ってくる。

 入り口近くで待機していた彼女のメイドがセシリアに声をかけた。


「おかえりなさいませお嬢様。マリウス様はどうしました?」


「置いてきたわ。ちょっとマリウスに告白してキスしたら固まったから、私だけ先に降りてきたの。帰りましょう」


「はぁ……なるほど。お嬢様がマリウス様に告白してキスを……って、えぇ————!? お、お嬢様、今、なんと……」


 メイドの声が外壁がいへき付近に響き渡る。

 うるさそうにセシリアが耳を押さえた。


「ちょっと……急に大声出さないでよ。びっくりするじゃない」


「びっくりしたのはこっちですよ! な、なな、なんでお嬢様がマリウス様に告白を!? あまつさえ、きききき、キス!?」


「そんなに不思議かしら? 最初に焚きつけたのはあなただったような気がするのだけど?」


「そりゃあちょっと面白いなぁと思ってお嬢様の幸せを願いましたが、あの奥手なお嬢様がまさかマリウス様に正面から告白してキスまで奪ってくるとは……驚きを通り越して夢かと思ってます」


「あら~? ずいぶんな評価ね。あなたの今月の給料、少なくないといいのだけど……」


「申し訳ございませんでしたお許しください!」


 即行で頭を下げるメイド。

 セシリアは盛大にため息を吐いた。


「ハァ……私が奥手なのは認めましょう。たしかに恋愛をしたことない私が、ここまで頑張れたのは自分ひとりの力ではないわ。けど、本当はね?」


「本当は?」


「——今にも吐き出しそうな気分なの……」


 そう言って顔を真っ青にするセシリア。

 自分の手で口を押さえて吐き気を催していた。


「えぇ!? あんな堂々とした姿で階段を下りてきたのに?」


「途中までは問題なかったわ。その場の空気と勢いで乗り切ったもの。けど、けどね? 階段を下りてる途中に思ってしまって……もしかしたら私の行為はただマリウスを困らせてるだけなんじゃないかと。嫌われたらどうしよう? 鬱陶しいと思われたらどうしよう? もっと控えめな方がよかったのかな? そもそも私って性格的に問題が多いし……」


「すごい勢いで卑屈になりましたねお嬢様……お嬢様の意外な一面が見れて面白いとは思いますが、その気持ちは捨て去りましょう。お嬢様は頑張りました! あとはガンガンアタックするだけです! きっとマリウス様もいずれはその気持ちに答えてくれるかと!」


「そ、そうかしら? そう、よね? だって私、嫌われてないはずだもの!」


「ええ、ええ。嫌っていたらデートなんてしませんよ!」


「そうよ! その時点で脈ありだわ! ……あ、でもよく考えたらリリアが手伝ってくれたからリリアのおかげかも? やっぱりマリウスは私に興味ないのかな? いきなりキスしてくる女なんて、めんどくさいわよね普通……」


「ああ! その反応がすでにめんどくさい! 平気ですってお嬢様! それより今はお家に帰りましょう。反省するより今後どうするのか、それが一番いちばん大事です」


「ありがとう……あなた、意外といい子ね」


 半ば無理やりメイドに引き摺られながら歩き出す。


「セシリア様の笑みに元気がない……恋をするとこうも人は変わるんですね……今後、マリウス様もたいへんだ……」


 メイドが小さく呟きながら、セシリアを自宅へと引っ張っていく。




 ▼




 アクアマリン公爵邸へ戻ったセシリア。

 そんな彼女の下にひとりの幼馴染がやってくる。


「おかえりなさいセシリア。その様子だと、やることはやったみたいですね」


「リリア……うん、あなたが背中を押してくれたおかげで、私、告白できたよ」


「マリウス様はどんな反応でしたか? きっと少しだけ文句を言いながらも拒絶はしなかったでしょう。『俺には婚約者がいるんだぞ』って」


「よくわかるわね」


「婚約者ですから。それで、感触はどうでした? 個人的には押していけば問題はないと思いますが」


「少なくとも嫌われてるとは思えなかった、と思う。キスしたら顔を赤くしてたし、少しくらいは異性として意識されてたのかな?」


「——うん? ちょっと待ってください。ごめんなさい。もう一度いちど言ってくれますか?」


「え? う、うん。異性として、少しは意識されてたのかなって……」


「もっと前です」


「嫌われてないと思う?」


「戻りすぎ」


「……キスしたら、顔を赤くしてた?」


「そう! そこです! なんでセシリアがマリウス様にキスを!? どうしてそうなったんですか!?」


 喰い気味にリリアがセシリアに迫る。

 お互いの鼻がぶつかりそうな距離だ。


「ど、どうしてって……リリアが言ったんじゃない。ガンガン押してけ、どんな手を使ってでも! って」


「言いましたが、まさかキスまでするとは……あぁ————!!」


 頭を抱えるリリアを見て、ふとセシリアがあることに気付いた。


「もしかしてリリア……マリウスとまだキスしたこと……」


「あります! ななな、ないわけないじゃないですか!? こ、婚約者ですよ!?」


 嘘である。

 リリアは手を繋いだり腕を組んだことはあってもキスしたことはまだない。

 必要ひつよう以上の反応に、しかし彼女は気付かない。


「そっか。だよね。よかったぁ……ひょっとしたらって思ってびっくりしたわ」


「あはは、ははは……」


 笑いあうセシリアとリリア。

 しかし、純粋に安堵したセシリアと違い、リリアの心の中ではひどい嫉妬と黒い感情が同時に渦巻いていた。


「(許せません許せません許せません。かくなるうえは……私もマリウス様と……)」


 メラメラとリリアの闘争心に火がついた。

 もはや彼女の激情を誰も止めることはできない……。

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