第49話 幸せの味

 俺の視界は、顔を真っ赤にするセシリアで埋まった。

 何が起きたのかワケがわからない。

 混乱する俺を前に、彼女はじっくり一分ほどキスを続けて唇を離した。

 踊るようにくるりと距離をとる。


「……な、んで」


「ふふ、びっくりしてる。そんなに意外だった? 私がマリウスにキスをするのは」


「当たり前だろ……される理由が俺にはわからん」


「もう……本当に鈍感なのねあなたは。特別すぎる理由はないわ。ただ、私がマリウス・グレイロードっていう人に惚れただけ。ああ、この人を支えて一緒に生きたいなぁって思っちゃったの。悪い?」


「いや、そりゃあ悪いかどうかで言えば悪いだろ……これでも俺は婚約者がいる身だぞ」


「知ってる。実は私、その婚約者とは幼馴染なの。不思議な縁よね」


「お前はいいかもしれないが、婚約者である俺の身がだな……」


「リリアに怒られるって? 平気よ。彼女は笑って許してくれるわ」


「……その反応、まさか?」


 ニコニコと微笑むセシリア。

 彼女の顔を見てると嫌な予感がした。


「多分、あなたの想像通りね。グルだったりするのよ、私たち。だって幼馴染だもん」


「えぇ……本人の意思は無視して公認かよ」


「それは素直に謝るわ。ごめんなさい。けど、どうしても私はあなたにこの気持ちを伝えたかった。例えあなたが私のことを好きじゃないとしても、伝えずに終わるのは嫌だった。ちょっと行動に移したのは行き過ぎたかもしれないけど、後悔はなに一つしてないわ」


 そう言った彼女の顔は、清々しいと表現できるものだった。

 本当にそこには憂いなどない。


「された側としちゃ、告白までにしてほしかったけどな……」


「なによ。私にキスされるのは嫌なの? 自分で言うのもなんだけど、さすがにそこまで酷い外見じゃないと思うわ」


「外見うんぬんとかそう言う話じゃない。普通にびっくりするだろ、急にキスされたら」


「初心でもあるし……そこは、なにか感想でも言ったらどう? 君の唇は柔らかかったよ、とか」


「キミノクチビルハヤワラカカッタヨ」


「棒読みじゃない! まったく……」


 いやそんなこと言われても……。

 実はすっごいびびったんだぞ。

 今も心臓がバクバクいってる。


「まあいいわ。もとからマリウスが素直になるとは思ってないもの。それより大事なのは、私自身の気持ちよ」


「それより?」


「改めて聞いて、マリウス。私の気持ちを」


 俺の疑問を無視して彼女は語る。


「最初はムカつく男だったわ。態度はでかいし口は悪いし。これが私と同じ公爵家の貴族かと思うと、国の将来が危ぶまれたわ」


「酷い評価だな」


「でも、あなたは変わった。落ち着きをもって冷静になった。以前までの活発さが消え、代わりに怠惰にはなったけど大人っぽくなったわ。信じらないほどに変わった。その姿を見て、今のマリウスにならリリアを任せられるかもしれないと思った。デートの件があったおかげでね」


「ああ、あのおかしなデートか……」


 後方からデート相手の幼馴染に監視されるというね。


「けどあんたはリリアだけじゃない、私にも優しかった。急にドレスを勧めてきたり、串焼きを買ってきたり……まだその時は、優しいなぁ、ちょっとはかっこいいなぁくらいにしか思ってなかったわ」


 意外と高評価でびっくり。


一番いちばん私の心を揺さぶったのは、王家主催のパーティーであなたが婚約者のフリをしてくれて、弱音を吐いてくれたあの時。あなたの弱音を聞いて、私はたしかに思った。私はこの人を支えたい。この人が好きなんだって」


「……は? あ、あれで、好きになったのか!?」


「意外って顔ね。何が引き金になるのかなんてわからないものよ」


「それにしたって特殊すぎるだろ……」


 相手の弱みを知ると好きになるとか普通に怖いが?

 将来的になにされるの俺。


「まあとにかく、私はそこであなたが好きになった。もう大好きよ。愛してる。だから、私もマリウスと結婚したい。好きになってもらって、幸せを分かち合って、子供を産んで家庭を作りたい。あなたは他人からの気持ちが不変なものとは信じないけれど、それでも私はあなたを愛し続ける。拒否したって無駄よ。ずっとずっと好きだもの。一生、あなたを追いかけ続ける」


 そう言って彼女は笑った。

 俺の気持ちなんて置き去りにして、自分の言葉だけを紡ぐ。


 不覚にも、嬉しいと思ってしまった俺はその時点で彼女に負けていたんだろう。

 こちらを愛おしそうに見つめ、彼女はなおも続ける。


「ちなみに告白の返事はいらないわ。どんな答えだろうと、私の気持ちは変わらない。これからもよろしくね、マリウス。私がずっとあなたを疑わせてあげる。ずっと一緒にいてあげる。そしたら、いつか疑いは——確信に変わるでしょ?」


 と。


「……ああ、あと」


 セシリアは最後に人差し指で自分の唇に触れながら言った。


「あなたとのキス……幸せの味がしたわ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る