第43話 懲りない聖女様

 ダンスが終わってリリア達のもとに戻る。

 すると、なぜかリリアは笑ってるのにフローラは顔が引き攣っていた。


「フローラ? どうしたんだ。顔が引き攣ってるぞ」


「え? あ……うん。平気だよ。ちょっとリリア王女殿下に……」


「フローラさんと楽しくお話してただけです。ね?」


「ひっ!? あ、はい。すごく、タノシカッタデス……」


「そうなのか。さすがにリリアは仲良くなるのが早いな。社交性が高いというかなんというか」


「王女ですから。相手の心に寄り添う術は熟知しております。——それで、セシリア。どうだった? 結果を聞いてもいいかしら」


 ちらりとリリアが俺の隣に並ぶセシリアへ視線を移す。


「バッチリよ。最後まであなたに世話になったわね」


「まあ! では急いで準備をしないといけませんね。気合を入れないと!」


「なんであなたの方がやる気があるのよ……」


「大事な幼馴染の話ですから。私はどこまでも力を貸しますよ」


「まったく……私はいい幼馴染を持ったわ。神様にリリアとの出会いを感謝しないと」


 何やらリリアとセシリアが仲良く話してる。

 恐らく内容から察するにデートの件だろう。はめられた俺は気分が悪い。


「あ、そうだ。踊って疲れてるだろうマリウスくんへ、飲み物を渡そうと思ってたんだ。はい。冷たくて美味しいよ」


 そう言ってフローラが左手に持ったグラスを差し出す。

 俺はそれを受け取りお礼を言った。


「ありがとうフローラ。ちょうど疲れて喉が渇いてたんだ」


「よかった。マリウスくんのことを一番に理解できるのは私だもん。それくらいお安い御用だよ」


「言われてみれば……フローラは俺の機微によく気が付くな。どうしてなんだ?」


「従姉妹で幼馴染だからだよ。昔からマリウスくんを知って見てたら、それくらいできるようになるの」


「ふーん。リリアとセシリアも幼馴染で仲良しだし、そんなもんか」


「そうそう。幼馴染は特別な存在だからね。他に替えがきかないんだよ? だからマリウスくんも私を大切にしないと」


「大切に? 具体的には?」


「また一緒にダンスを踊るとか、一緒にたくさんお話するとか。私ね、マリウスくんに話したいことたくさんあるんだ」


 ダンスはもうめんどくさいから却下だな。

 けど話くらいなら問題ないか。

 するりと腕を絡めてくるフローラに、俺は慣れた感じで返事を返す。


「じゃあ、他の人の邪魔にならない所でゆっく——」


「フローラさん?」


 びくっ。

 底冷えするほどの低い声に、俺もフローラも同時に体を震わせた。

 振り向く必要などない。リリアの声だ。


「私……先ほどあなたに言いましたよね? いくら従姉妹で幼馴染だろうと、節度を守ってお付き合いなさった方がいいですよ、と。なのにもう私たちを差し置いて婚約者であるマリウス様を誘うなんて……聖女様はずいぶんと大胆なんですねぇ」


「い、いや……これは、その……」


「言い訳は無用です。やはりもう少しあなたにはお説教が必要のようなので、マリウス様ではなく私と一緒にお喋りしましょう。セシリア、マリウス様のことはお任せしますね。今のうちにデートの件、話し合っておいてください」


「わ、わかったわ」


 リリアの圧に押されてセシリアは即断。

 俺のそばから引き離されたフローラは、魔王に連行される人間のごとくこちらへ手を伸ばす。


「た、助けてマリウスくん! 私、まだあなたに言いたいことがあああぁぁ————」


 ずるずるずる。

 半ば引き摺られるようにしてサンタマリア伯爵令嬢はその場から消えていった。

 俺は両手を合わせて合掌。

 彼女の冥福を祈った。


「あの人……あなたの従姉妹で幼馴染なのよね?」


「ああ。哀しい事件だったな」


「勝手に事件にしないであげて。可哀想よさすがに」


「でもきっとしばらく戻ってこないと思うぞ。リリアのあの顔は」


「……そうね。だから、それまで二人でお話でもしましょ。リリアもああ言ってたし。来週のデートの件を詰めないと」


「そう言えばデートするんだっけ。めんどくさいな」


「サボろうとしたらグレイロード公爵邸へ迎えに行くからね? 絶対に、絶対に……遅れないでよ?」


 にこにこ。

 セシリアは満面の笑みだ。

 でもわかる。リリアに慣れた俺はわかる。

 その笑顔の裏には「遅れたらわかってんだろうな? ああ?」という意味があることを。


「……わかってるさ。約束した以上は守るよ。それで、何時くらいに集まる予定なんだ?」


「昼食は外で食べたいから、やっぱり——」


 リリアとフローラが消えたホール内で、俺とセシリアはデートに関して話を進める。

 その最中、セシリアはこれまでに見たこともないくらいずっと笑顔を浮かべていた。


 そんなに外で遊ぶのが好きなのだろうか?

 俺とは正反対だな。

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