第44話 彼女は乗り気で

 王家主催のパーティーは、若干の騒動こそあったものの比較的ひかくてき平穏に終わった。

 俺はなぜかセシリアにデートを誘われてしまったが、それ以外は普通だ。


 セシリアにデートを誘われた時点で普通とは言えないが、今のところ彼女との間にフラグは成立していない。

 フラグさえ立たなければ気の強い彼女に告白されるようなことはないだろう。


 それでいうとフローラとの件も微妙に曖昧な結果だが、俺は過去は振り返らない。

 真っ直ぐに今と未来を見据える。


 どうせセシリアも、「リリアへのお土産を選ぶの手伝って」くらいの気持ちで俺を誘ったに違いない。

 それくらいなら俺も付き合ってやってもいいしな。


 そんなこんなで、パーティーからさらに一週間。

 嫌だ嫌だと思えば思うほど、その日は目まぐるしい勢いで俺のもとにやって来た。


 メイドに適当な服を見繕わせ、俺は家を出る。

 馬車に乗って向かうのは、約束した現地——ではなくセシリアのいるアクアマリン公爵邸だった。


 なぜ?

 そんなの彼女に家まで迎えに来てほしいと頼まれたからだ。

 今回は前回のリリアの時と違って、西にある貴族御用達の店が多く並ぶ地区へ足を運ぶ。

 そのため、アクアマリン公爵邸を経由してもさほど時間のロスにはならないらしい。

 だからと言ってわざわざ俺が彼女の家に行く必要はないと思うが、こういうのはそういう地道な積み重ねが大事だと言われた。


 ……なんだ、積み重ねって?

 わけもわからず無理やり強制された俺は、文句を呟きながらも彼女の家へ向かうのだった。











 俺の家、グレイロード公爵邸からセシリアの家、アクアマリン公爵邸まではそこまでの距離はない。

 王都に存在する公爵家はたったの四つしかないからな。

 全員が主に王城で仕事を担う役職ゆえに、家もそれぞれ王城に近く十分じゅっぷんもすれば広大な敷地を誇る彼女の家——アクアマリン公爵邸に到着した。


 馬車を降りて正面しょうめん入り口の前に立つ。

 すると、数分ほどで門が開き、奥からセシリアが姿を現した。


「おはようマリウス。わざわざウチまで来てくれてありがとう。その服、似合ってるわよ」


「おはようセシリア。そう思うならわざわざ俺をお前の家まで迎えに来させないでくれ」


「ずいぶんな言い方ね。今日はデートなんだから、その相手には優しくすべきじゃない? もっとデートっぽい雰囲気がほしいわ」


「なんだよデートっぽい雰囲気って……」


「少なくとも今のマリウスは落第ね。紳士らしくないわ」


「紳士? 俺が紳士らしくできると思ってるのか?」


「それをするのがデートでしょ? お願い。ちょっとくらい優しくして?」


「っ……善処する」


 急にしおらしい態度はやめてくれ。

 ギャップを感じて反応に困る。


「取り合えずさっさとデートに行くぞ。時間は有限だ。馬車はウチのを使えばいい」


「せっかくだけどやめましょう。ここからなら歩いて行ってもさほど時間はかからないわ」


「は? 歩く? ここから、ずっと?」


「すごくめんどくさいって顔に書いてあるわよ。そんなに嫌なの?」


「やらなくてもいい労働はしない派なんだ。馬車で行く方が楽だぞ」


「それだとちょっとだけデートっぽくないわ。そんなに距離があるわけでもないし、歩きましょ? ね?」


「…………了解」


 その上目遣いをやめろ。

 意外と俺は、こういうタイプの押しに弱いのか?

 それとも単純に押しに弱いのか……両方かもな。

 改めてセシリアと二人で王都の西区を目指す。




 ▼




 歩くことさらに十分。

 アクアマリン公爵邸から王都の西区の一角にやって来た。

 さすがに北区で最も西区に近いだけあって、たしかに彼女の言う通りほとんど時間はかからなかった。

 問題は……。


「結構馬車が通ってるな。危ないから脇に避けるぞ」


「ええ」


 今日は同じように買い物へ来た貴族が多く、通りにはたくさんの馬車が走っていた。

 ぶつかると危ないので彼女を壁際へ寄せ、挟むように俺が並ぶ。

 前世で道路側を歩くあれだ。男の嗜みだな知らんけど。


「……ちゃんとエスコートできるじゃない」


「何の話だ」


「馬車が走ってる道の方にわざわざ出ちゃって。私を守ってくれるのかしら」


「そういうのは言わない方がいいぞ。言われた側は恥ずかしい」


「ふふ。ごめんなさい。でも、私は嬉しいわ。ありがとうマリウス。お礼に腕を組んであげる」


「え」


 そう言って彼女は俺の右腕へ自らの腕を絡めた。

 むにむにと柔らかい膨らみが当たる。


「おまっ……近い! 離れろ! せめて手だろそこは」


「そうなの? 誰かとデートするのは初めてだからよくわからないわ。けどリリアはこうした方がいいって言ってたし……た、たしかに近いけど……私は平気よ」


「顔が真っ赤だが?」


「うるさい」


 指摘するとセシリアは顔を逸らしてしまった。

 しかし、時折、彼女の方から「ふふっ」という上機嫌な声が聞こえてくる。

 楽しそうで何よりだ……。

 入れ知恵したリリアには、今度なにか復讐するとしよう。また冗談でも言って。


 セシリアと歩きながら俺はそんなことを考えるのだった。

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