第42話 デートの申し込み
俺は頑張らない。
セシリアに弱いところを見せようと、彼女に慰められようと、こればかりはやめられない。
わかってる。わかってるとも。
セシリアには感謝してる。
彼女のおかげでほんの少しだけ前を向くことができた。
リリアとの婚約に少しだけ前のめりになることができた。
彼女にそれを素直に伝えれば「婚約者の幼馴染として当然のことをしたまでよ」みたいな返事が返ってくるとは思うけど、感謝してるのは本当だ。
心のどこかで抱えていた不安が、今だけは何もない。
俺はスッキリとした面持ちでパーティー会場へと戻る。
そこでは中央フロアでダンスを踊る貴族や、その周りで飲食を楽しみながら談笑する貴族などの姿があった。
俺は適当にリリアを探す。
まずは彼女に先ほどの件を謝らないといけないからだ。
そう思っていたら、リリアより先にフローラと目が合った。
彼女は最初から俺を探していたのか、目が合うなりゆっくりと笑みを浮かべながらこちらへ向かってくる。
「マリウスくん見っけ! ずっと探してたんだよ。どこにいたの?」
「悪い。ちょっと手を洗いに行ってた」
「あー、なるほどね。王城だから廊下とか無駄に長いもんね。往復するのに時間もかかるか」
「そういうことだ」
本当はセシリアとのあれこれで時間がかかったが、わざわざ彼女に言う必要はないだろう。
「それで、どうして俺を探してたんだ?」
「もちろん一緒にお話するためだよ。他にもダンスとか一緒に踊れたらなぁ、なんて」
ちらちらと横目で俺を見てくるフローラ。
これはダンスに誘ってほしいということか。
こういうパーティーにおいて、令嬢側から令息へのお誘いはありえない。
ダンスへの誘いとは男性が女性に対して行うものなのだ。
「…………やれやれ」
しょうがない。
セシリアのおかげでちょっとは向き合おうと思えたからな。
それくらいは付き合ってやるか。
「フローラ嬢」
「は、はい」
「よろしければ俺と、ダンスを一曲、踊ってくださいませんか?」
そう言って俺は手を差し出す。
だが、フローラはすぐにはその手を握らなかった。
俺が首を傾げると、
「も、もう少し甘える感じで……」
急に馬鹿なことを言い出した。
「フローラ……拒否してもいいんだぞ」
「ご、ごめんごめん! 冗談だよ冗談。はい、お受け——」
「……フローラ。俺と……踊ってほしいな。だめ?」
「はうあっ」
要望通り、少しだけ甘えてみた。
効果は抜群。
あえて姿勢を低くして上目で見たらこれだ。
彼女は鼻を押さえながら満面の笑みで答える。
「は、はい! 喜んで。何曲でも踊ります!」
「いや一曲で勘弁してくれ……」
フローラの手を握り締めて二人で中央のフロアへ躍り出る。
伯爵令嬢なだけあって彼女もダンスは完璧だ。
寄り添いあうように俺の動きに合わせてくれる。
「得意なんだな、ダンス」
「得意というほどでもないよ。淑女の嗜みです」
「なるほど」
そのまま軽く雑談を交えながら踊りきる。
フローラはまだまだ踊りたそうにしていたが、残念。
背後から我が婚約者リリアの眼光が刺さる。
彼女を放置して他の女性と踊るわけにはいかなかった。
俺の命的な問題で。
「お疲れ様ですマリウス様。見事なダンスでしたね」
「ありがとうリリア。貴族との挨拶はもういいの?」
「はい。パパッと終わらせてきました。それより、次は彼女ともダンスを踊ってくださりませんか?」
「彼女? ……って、お前か」
リリアの背後からセシリアが現れる。
まず間違いなく彼女とはセシリアのことだろう。
「何よ。私とは踊れないの」
「いや、そういうわけじゃないが……お前だって俺と踊るのは嫌だろ」
「別に。他の貴族子息に比べればはるかにマシよ。……だめ、かしら?」
「うっ」
そんな顔をしないでほしい。
さっき俺がフローラにやったのと同じだ。
まるで甘えるような仕草に心が痛い。
「お願いしますマリウス様。私はフローラさんとお話したいことがあるので」
「え、王女殿下が……私と?」
「ずいぶん楽しそうにお話してましたからね。少しだけ、聞きたい、ことが」
そう言ったリリアから妙な迫力を感じた。
フローラも顔が引き攣る。
これは逆らっちゃいけないやつだ。
俺は強者に巻かれることにした。
「了解。じゃあ一緒に踊るか。あんまり上手くないから期待するなよ」
「フローラさんとのダンスは見てたわ。あれで十分よ」
「超偉そう……では、お手を」
「はい」
手を握り合って再び俺は中央へ戻る。
セシリアとのダンスが始まった。
なんかやけに楽しそうな顔を浮かべているが……ダンスが好きなのだろうか?
「楽しそうだな」
「そう? まあ、
「お前がそんなに踊るのが好きだったとは知らなかったよ」
「そういうわけじゃないけど……」
「? どういうことだ」
「秘密。
「ん?」
「休みの日にあなたをデートに誘うから、予定、空けておいてね」
「ああ、デートね。まあ暇だったら…………え?」
「何よ」
あまりに衝撃的な言葉が聞こえた気がする。
気のせいかな? 聞き返してみた。
「悪い。耳が悪くなったかもしれん。デートしたいって聞こえた」
「デートしたいって言ったの」
「なぜだ」
「したいから。だめ?」
「…………」
ちらりと離れた位置にいるリリアへ視線を送る。
彼女はにこやかに笑ったままぺこりと頭を下げた。
この反応は……憚られたな。
「リリアからは?」
「許可を貰ったわ。だから誘ってるの」
「なるほど……だからダンスを……」
「そんなに嫌なの?」
「嫌ってわけじゃない。わけじゃないが……ハァ。まあ、リリアがいいならいいよ。いつだ」
「! ありがとうマリウス。来週あたりにどうかしら?」
「来週か。了解。適当に予定を空けておく」
「これで……私の気持ちも……」
「ん? なにか言ったか?」
「いいえ、何も。ダンスの続きを楽しみましょう」
清々しいくらいの笑みをセシリアが浮かべた。
逆に、俺は心底めんどくさいって感じの顔をする。
遅れて、断っておけばよかったかな、なんて思うのだった。
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