第36話 パーティーの始まり

 パーティー会場へ入る。

 王城の一角を使ってるだけあって装飾は豪華だ。

 煌びやかな雰囲気にゲロ吐きそうになる。


「あ、マリウスくんやっと来たんだ! こんばんは~!」


「げっ! じゃなくて、こんばんはフローラ。元気そうだな」


「隠せてないからねぇ? 『げっ!』って言ったの聞こえてたよ?」


「気のせいだよ。俺がそんなこと言うわけないだろ?」


「割と普通に言うと思う。私、もっと酷いこと言われたもん」


「何のことでしょう。俺、ぜんぜん記憶にありません」


「酷いわっ。乙女の純情を弄んでおきながら!」


「冤罪すぎる」


 こんな人の多い場所でそういうこと言うのやめてほしい。

 普通に俺の立場が危ういから。


「——なんですって?」


 ほら~!

 釣れたじゃん。

 知ってる女が釣れたじゃん!


「どういうことよマリウス。リリアという婚約者がいながら、もう他の女に手を出したの?」


「落ち着けセシリア。取り合えず握り締めた拳は開くことを勧める」


「私は殴った方がいいと思うのだけれど……あなたはどちら様かしら」


 ぎろり。

 セシリアが俺の隣に立つフローラを睨む。

 しかしフローラは気にせず笑顔で対応した。


「これはこれは。アクアマリン公爵家のセシリア様ではありませんか。私はフローラ。フローラ・サンタマリアと申します」


「サンタマリア? サンタマリア伯爵のご息女かしら」


「はい」


「たしかサンタマリアって……グレイロード夫人の実家よね。なるほど。顔見知りってわけ」


「マリウスくんとは従姉妹です。カッコよく育って私は嬉しいです」


「ふ、ふーん……従姉妹、ね。従姉妹にしては随分と距離感が近いようだけど……本当にそれだけ?」


「? 普通、従姉妹ならこれくらい近付きますよ。むしろ抱きしめないだけ節度を守ってるかと」


「普段は抱き合ってるの!?」


「誤解だ誤解」


 俺を特大の爆弾にするのはやめろ。

 派手に散るからまじで。


「俺とフローラは単なる従姉妹でしかない。お前が勘ぐるような関係じゃないよ、少なくとも」


「そ、そうよね。こんなに早く側室を迎え入れるなんてわたし以上にリリアが許すかどうか……」


「私は別に側室の一人や二人くらい構いませんよ? ただ、常にマリウス様の一番は私ですけどね」


「——リリア!? い、いつの間に……」


 背後に立ってた幼馴染に青い顔してビビるセシリア。

 実は気付いてた俺とフローラは視線を逸らす。


「今しがた来ました。お話に集中して私が来たことに気付きませんでしたね? 酷いです。幼馴染なのに」


「そ、そんなことより今の話は本当? リリアはいいの? まだ婚約して一月も経っていないのよ?」


「一夫多妻は普通ですからね。それに、そちらのフローラ様はただの従姉妹。そもそも側室ではないので構いませんよ。あまり調子に乗ると注意は必要ですけどね」


 にこにこしながらすごいことを言うメインヒロインさん。

 オーラが違う。こいつは確実になんかするってオーラがにじみ出ていた。


「そ、そう。リリアがいいなら私はこれ以上は何も言わないわ……」


「いいんですか? 私に何か言いたいことがあるのでは?」


「ッ! う、ううん。大丈夫……何もないわ」


「どうしたセシリア。具合でも悪いのか」


「平気よ。ちょっと思うことがあるだけ」


「思うこと?」


「秘密よ秘密。乙女の秘密は詮索しないもの。それよりあなとリリアはさっさと中央へ行きなさい。ダンスが始まるわよ」


「あー……そういやパーティーの始まりはダンスからか……棄権は——」


「できません」


 リリアがバッサリ。

 取り付く暇もない。


「ですよねぇ……了解。お手を拝借してもよろしいですか、王女殿下」


「もちろんですマリウス様。素敵な時間を過ごしましょうね」


「自信はあまりありませんが」


「そうなんですか? あなたの父君は問題ないと言ってましたよ?」


「自己評価は低めなんです」


「ふふ、マリウス様らしい。では、いざという時は私がリードしましょう。お任せください」


「ありがたくて泣きそうだ……」


 言葉を額面通りに受け取れれば楽なのに、貴族社会はそうもいかない。


 ダンスは男がリードするもの。

 そういう風潮があるのだ。やれやれと肩を竦めながらも過去の記憶を引っ張る。

 マリウスとしてそれなりに教養は学んだ。

 まあ、無難に終わらせるくらいは問題ないだろう。


 ホール内に大音量の音楽が鳴り響く。

 何人もの恋人、あるいは夫婦がホールの中央に集まり、手や腰に手を添えながら踊り始める。

 本来ならこの場にいること自体が間違いである俺は、それでも幸せそうに笑うリリアのために体を動かした。


 最高位の貴族らしく、ばっちり体は想像通りに動く。

 ひとまず心の中でホッと胸を撫で下ろしながら、曲が終わるまでの間、俺は余裕をもってリリアとダンスを踊るのだった。

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