第35話 あの日のドレス

 セシリア・アクアマリン公爵令嬢。

 王城の敷地内で彼女と出会い、改めて俺は彼女のことを振り返る。


 俺ことマリウスの実家、グレイロード公爵家と同じ四大公爵家アクアマリンの令嬢。

 気が強く自分が正しいと思うことは絶対に曲げようとしないタイプの正統派ヒロイン。

 前世風に言うと風紀委員タイプの女性だ。


 しかも権力だけじゃない。彼女は努力家で文武両道。大和撫子な外見も相まってかなり人気の高いヒロインだった。

 もちろんそれは前世だけの話じゃない。この世界でも彼女は貴族令息に人気だったりする。


 しかし、彼女にとって恋愛とは夢を見るようなもので、恋愛初心者のセシリアは心から好きになれる相手と付き合いたいと思ってる恥ずかしい女だ。

 それゆえに数多の男たちは彼女へ告白をし玉砕。最終的に厄介な相手しか残らない面白キャラクターでもある。


 ただ、彼女はいわゆるギャップのあるキャラで、好きな相手には染められたい願望を持つMっ子。最初はツンツンしててうるさいヒロインが、明確に好意を抱くようになってからはデレデレになる……そのギャップに多くのファンがやられたらしい。

 実は俺も嫌いじゃなかったりする。


 そんな彼女が俺の前に現れた。

 こうして軽く彼女のことを振り返って思う。

 あー、やっぱりヒロインと関わりたくねぇ……帰りてぇ、と。


 だがそれを誰も許さない。

 父も国王陛下もリリアも目の前のセシリアも許さない。

 だから俺は覚悟を決めて彼女と対面する。











「奇遇ねマリウス。あなたもいま来たところ?」


「ああ。本当は心底きたくなかったが、無理やり連れてこられた」


「当たり前でしょ……今日はあなたがパーティーの主役なんだから。……挨拶が遅れましたね。申し訳ありません、グレイロード公爵、グレイロード夫人。壮健そうで何よりです」


「会うのは久しぶりだねセシリア嬢。アクアマリン公爵は元気かな?」


「はい。毎日のようにお仕事を頑張っています。本日もすでにパーティー会場へいらしてる頃でしょう」


「それは結構。パーティー会場に着いたら挨拶しておくよ。では私は先に城内へ入る。二人は仲良くのんびり来るといい」


「またねセシリアちゃん」


 そう言って父と母は一足先に人混みへ紛れていった。


「なぜか置いていかれたんだが?」


「私をエスコートしろってことでしょ? 頼むわよ、紳士な貴族様。怖い人から乙女を守ってね?」


「どこいるんだその乙女は」


「殺すわよ」


「ごめんなさい。でも自分で乙女はさすがに……」


「い、いいじゃない! 女の子は誰でも乙女なの! 物語のヒロインに憧れるの!」


「そこまでは言ってないが……憧れてるのか?」


「わ、私? ……ふ、普通、かな?」


 セシリアの視線が泳ぐ。

 間違いなく憧れてるなこれは。

 そもそもこちらとしてはそんなことくらい知ってる。

 隠そうとするだけ無駄だぞ乙女。


「ふーん。まあどうでもいいな。それより早くパーティー会場へ行こう。外にいると目立つ」


「ムカつく」


 げしっ!

 おもいきり靴を踏まれた。

 ヒールは凶器である。


「いっ————!? な、なにすんだセシリア!」


「そっちから質問してきたのに『どうでもいい』とか言うからよ。女の子を怒らせるなんて、紳士失格ね」


「はぁ? なりたいとは言ってない」


「いいからさっさとエスコートしなさい。貴族としての礼儀よ礼儀」


「口うるさい乙女だな」


 げしっ。

 また足を踏まれる。


「お————い!? だからくそ痛いんだってそれ!」


「馬鹿なことを言うからでしょ。もっとまともなことは言えないの?」


「まともなこと? たとえば?」


「……ドレスを、その……褒める、とか?」


「ドレス?」


 視線がセシリアの首から下へ落ちる。

 すると、そこでようやく俺は思い出した。

 どこかで見たことがあると思ったが、これはあれだ。リリアとのデートの時に俺がセシリアに似合うと言ったドレスだ。

 飾ってあった時より派手な装飾品こそ付いてるが間違いない。


「……あの時のやつか。わざわざ買ったのか?」


「ちょ、ちょうど新しいドレスが欲しかったのよ。べつにあなたに褒められたから買ったわけじゃないわよ!? 最初から私もこのドレスが欲しかったの! いい!?」


「お、おう……そうか。それは何よりだ」


「あと褒めなさい。あなたも勧めたドレスでしょ」


「へいへい。前にも言ったが、やっぱりそのドレスはセシリアによく似合ってる。キレイだよ」


 ドレスが。


「き、きき、キレイ!?」


 ドレスがね。


「バカ! バカバカ! さらっとそんなこと言うなんて……くうぅ~!!」


 なぜか悔しそうにセシリアが俺を睨む。

 真っ赤になって睨む姿は羞恥心に震えているようにも見えた。

 というかそのまんまでは?


「本当に、ろくでもない男ね! マリウスは!」


「褒めたのに評価ひょうか酷くね? 俺の言葉を返せ」


「絶対に嫌」


 そう言うと彼女は一人でずんずんとパーティー会場へ向かっていった。

 エスコートはどうしたんだと言いたいが、これはこれで楽なので俺はなにも言わない。

 ゆっくりと彼女のあとを追った。

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