第34話 やっぱり帰りましょう

 ある日、我が家にトワイライト王家から手紙が届いた。

 手紙の内容は、俺ことマリウス・グレイロードとリリア・トワイライト第三王女殿下の婚約を祝うパーティーへの招待だった。

 実質的に俺は主役という立場になる。


 口から血が出るほど行きたくないお誘いではあるが、次期公爵家当主けんリリア・トワイライト第三王女殿下の婚約者として、王家からの誘いを断ることなどできなかった。

 渋々ながら当日、俺は豪華な衣装に身を包む。


 暗い色が似合う俺ではあるが、今日くらいはやや派手な装飾の施された貴族用の服に袖を通す。

 普段着ている服もなかなか高価なものだったりするが、さすがに王家主催のパーティーへ赴くための服は一段とオーラが違う。

 やる気のない俺でも貴族になったかのようだ。

 ……いや貴族なんだけどさ。


 今日だけ平民になれないかな?

 それで全てを投げ出して逃げたい。

 どこかに俺を攫って一生いっしょう養ってくれる子はいないかな……。

 リリアもフローラも俺が頼んだら実行しそうではあるが、あの二人は怖いので却下だ。

 もっと優しい相手が欲しい。


 そんな感じで俺の準備は着実に進み、グレイロード家当主であるパパンやママンと共に馬車へ乗り王城を目指す。

 これまでと同じくらいの波乱、あるいはイベントが待ち受けてる気がして、俺の胃は痛みと不安を訴えかけてくるのだった。











 馬車に揺られること数十分。

 舗装された道を馬が歩き、王城の前に到着した。

 正面を塞ぐ正門の前には、これでもかというくらいの兵士が武装して立っている。

 通り過ぎる馬車を停めては身元の確認などを行っていた。


「そろそろパーティー会場に着くな。心の準備はいいか、マリウス」


「まだだめです——と言ったら馬車を停めてくれますか?」


「……無理だな。やれやれ。やる気がないんだかあるんだかよくわからない息子だ」


「やるしかないから腹を括ってるだけですよ。本当ならもう家に帰りたい気持ちでいっぱいです」


「褒めるべきか呆れるべきか微妙に困る返事だな……まあ、今日はお前が主役だ。やりきればきっと将来への自信に繋がる。父としてはひたすら頑張れとしか言えないな」


「母も応援してますよマリウス」


「ありがとうございます。何か先人としてのアドバイスはありますか?」


「先人としてのアドバイス……か。うむ……そうだな。今日のパーティーは第三王女殿下とお前の婚約を大々的に発表するが、お前は次期じき公爵家当主だ。間違いなく多くの令嬢から声をかけられるだろう。側室はがら空きだからな」


「やっぱり帰りましょう。怖いですお父様」


「女々しいことを言うなマリウス。私の時もそれはもう貴族令嬢が押し寄せてきてな。相手をするのが大変だった……下手すれば持ち帰りされるなんて話も聞いたことがあるぞ」


「無理ですお父様とうさま帰りましょう。俺に飢えた獣の相手はできません」


「なに、私の時は母さんが助けてくれた。きっとお前をリリア王女殿下が助けてくれるだろう」


 リリアが?

 それは、


「それは……なんとも恐ろしい話ですね」


「恐ろしい? どういう意味だ?」


「いえ、こちらの話です。それより門が近くなってきましたよ。いよいよもって後戻りはできませんね」


「そう心配するな。お前は優秀で自慢の息子だ。面倒くさがりなところが欠点ではあるが、お前なら完璧にパーティーを切り抜けられると私は確信している」


「それは要するに、丸投げというやつでは?」


「違う違う。信頼だ信頼」


 絶対に同じ意味だと思います。

 けど、今世の父にそう言われたら少しは気分が楽になるな。

 帰りたい気持ちはまったく無くならないが。


「歓談中に失礼。グレイロード公爵様とお見受けしますが、そちらは子息のマリウス・グレイロード様でしょうか」


 コンコン、ガチャリ。

 ノックのあとで馬車の扉が開かれる。

 顔を見せたのは白銀の鎧を身に纏うこの国の兵士だった。

 恭しく頭を下げてから騎士の男性は父に質問した。


「ああ。間違いない。馬車にも家紋があっただろうが、改めて見せよう。グレイロード家の象徴だ」


「確認します。…………はい、ありがとうございました。真っ直ぐお進みください。失礼します」


 身元の証明を済ませるとあっさり騎士の男性は次の馬車の方へと向かって行った。

 貴族のみが持つその家を表す家紋とは便利なものだ。

 前世でいうと身分証明書みたいでたまに父が携帯する。

 俺も必要な時は借りたりするが、基本的には父が持っていないといけない。


 特に足止めもされることもなく王城前の正門を潜った。

 中庭に到着すると、ここからは先は徒歩で城内に入る。

 馬車から降りて父と共に噴水の見える広場を歩いた。

 そこへ、


「——マリウス?」


 背後から声がかかる。

 振り向くと、十メートルほど後ろに見覚えのある青髪の女性がいた。

 というか彼女は……、


「セシリアか。奇遇だな」


 二番目に出会ったこの世界のヒロイン、セシリア・アクアマリン公爵令嬢。

 バリバリの知り合いだった。

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