第26話 そして従姉妹は......

 とぼとぼとマリウスが遠くへ離れていくのを見送って、リリアは改めてフローラに向き合った。


「邪魔になるマリウス様は追い払いました。これで今は私とフローラさんの二人きりです。お互いに色々と聞きたいことがあるでしょう。胸襟を開いて本音でぶつかり合いましょう」


 ストン、とその場に腰を下ろしたリリア。

 王女殿下が芝生があるとはいえ同じ場所に座るとは思ってもみてなかったフローラは、やや目を見開いて驚く。


「洋服が汚れるかもしれませんよリリア王女殿下。向こうに椅子やテーブルはありますので……」


「いえ、ここで構いません。芝生があれば問題ないので。それより大事なのは、あなたがマリウス様をどう思っているのか。婚約者としては見逃せない問題です」


 キリッとリリアは真面目な表情を作る。


「ご、ご安心を王女殿下。私はマリウスくんを奪い取ろうとしてるわけではありませんから」


 慌ててフローラが彼女の言葉を否定する。


「本当ですか? あなたのあの時の顔は、完全に女の顔でしたが」


「あの時の、顔?」


「膝枕してる時ですよ。自分では気付きませんでしたか? マリウス様のことを頬を赤らめて愛おしそうに見てましたよ」


「わ、私が!?」


 他人に指摘され、フローラの顔が蒸気する。

 羞恥の感情が溢れて恥ずかしい。


「……これは、自覚はなかったようですね。余計に厄介と言えなくもないですが」


「ご、ごめんなさい王女殿下! 私……ただ、従姉妹のマリウスくんが変わっちゃって、寂しくて……それを埋めるために、膝枕を……」


「寂しい? どういう意味ですか」


「実は、今のマリウスくんは数年前のマリウスくんに比べてすごく大人っぽく成長したんです。少し前まで、まだ子供だったマリウスくんがそんな風に成長するとは思ってもいなかった私は、別人のようになったマリウスくんに戸惑い、距離を感じた。無意識にそれを寂しいと思い、昨日、偶然にも膝枕をしたことで……それを強く自覚しました」


「き、昨日もしたんですね膝枕……あとでマリウス様には色々とお聞きしないといけないことが増えました」


 ひくひくと頬を痙攣させ、リリアの瞳にどす黒い闇が混ざる。











「——ッ!? な、なんだ!? 急に悪寒が……」


 サラッと重大なことをバラされたマリウス。

 本人の知らないところでリリアの恨みを買ってしまう。











「昨日の膝枕はそれこそたまたまですけどね。マリウスくんは悪くありません」


「それはそれ。これはこれ、です。まあ今は忘れましょう。話を続けてください」


 ごほん、と咳払いをして空気を元を戻す。

 会話が再開された。


「は、はい。それでまた昔みたいな関係に戻りたいと思った私は、先ほどマリウスくんが言ったように本人に頼みました。また膝枕をさせてほしいと」


「それで折れたマリウス様がその懇願を聞きいれ、今にいたると」


「そういうことになりますね」


 ようやくリリアがことの全貌を大雑把に把握した。

 彼女は顎に手を添え、割とストレートにフローラへ訊ねる。


「なるほど……フローラさんは、昔のマリウス様との関係に戻りたくて膝枕をしたんですよね? マリウス様に好意があるとかそういうのじゃなくて」


「こ、好意……? 好意は、多分、無いと思いますけど……」


「多分?」


 リリアの瞳が細くなる。

 まるで獲物を見つめる獣のごとく。


「すみません。私、恋愛というものをしたことがなくて……この気持ちがどんな感情に分類されるのかわからないんです」


「では恋をした可能性もあると」


「そういうことに……なっちゃいますよね。あ、でもリリア王女殿下から奪うつもりはありません。先ほども言いましたが」


「当然です。私とマリウス様は相思相愛の関係。デートやプレゼントも済ませた関係なのですから!」


 ドヤァ。

 リリアが珍しく他人にマウントを取る。


 それを聞いて、なぜかフローラの胸が少しだけ痛んだ。

 本人は不思議そうに首を傾げる。


「? どうかしましたか、フローラさん」


「いえ……何も。気のせいだったようです」


 胸を押さえるフローラに怪訝な目を向けるリリア。


「……? 取り合えず、フローラさんの方に何もなくて安心しました。今後は節度を持って接していただけると婚約者としては助かります」


「わかりました。ご迷惑をおかけしてすみません」


「いえいえ。私も婚約者とはいえ横柄な態度をとってしまいました。お許しください」


 お互いにぺこりと頭を下げて二人の会話は終わった。


 しかし、フローラだけが妙なモヤモヤを抱えている。

 その答えを知るのは、案外、遠くない未来だったりするのだが……。

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