第27話 自問無答

 話は終わったのか、ものの数十分ほどでリリア達がこちらにやって来る。


「お待たせしましたマリウス様。一人で寂しくありませんでしたか?」


「戻って早々になんだ。別に寂しくなかったよ」


「それは残念。婚約者として寂しがるマリウス様を癒して差し上げようと思ったのに」


「リリアに甘えるのはちょっとな……怖い」


「あらあら? すみませんがもう一度いちど言ってくださいますか? よく聞こえませんでした」


 スッ。

 リリアが剣を持ち上げる。


「じょ、冗談に決まってるだろ。本気にしないでくれよ。婚約者のお茶目なジョークだ」


「つまらない冗談を言う人は打ち首ですよマリウス様」


「冗談に異様に厳しいな……」


「婚約者の冗談に厳しいんです。せめて私が喜ぶようなことを言ってください」


「リリアが喜ぶこと? ……愛してるよ、リリア」


「ッ——!?」


 一瞬にしてリリアの顔が赤くなる。

 瞳にハートマークが浮かんだようにすら思えた。

 ちょろすぎる。


「わ、私もマリウス様のことを愛してますわ! ここでキスを! キスを!」


「という冗談だ」


「許しません」


 リリアが手にした剣を振る。

 間一髪のところで俺はそれを避けた。


「あ、あぶなっ!? あと少しでほんとに死んでたぞ!?」


「知りません。婚約者で遊ぶ人は死んで当然です。悔やみながら逝ってください」


 先ほどと打って変わってどす黒いオーラがリリアの背後の現れる。


「り、リリアが言ったんだろ? せめて喜ぶようなことを言ってくれって」


「たしかに言いましたが今のは酷いです。反省して斬られてください」


「重いよ。反省の代償が重い」


「まったく……マリウス様はすぐにふざける。もっと婚約者である私を大切にしてください」


「大切にはしてるよ」


「もっとわかりやすく態度で示してください」


「態度、ねぇ」


 十分に態度で表してると思うけど。


「……ん? フローラ嬢、どうした? 胸が痛いのか?」


「え? あ……うん。ちょっと体調が」


「無理はしなくていい。リリアに脅されたんだろ。早く家の中に入って休んでくれ。何かあったら俺がサンタマリア伯爵に怒られる」


「ご、ごめんねマリウスくん。それに王女殿下。お言葉に甘えて私は先に家の中に戻ってるから……」


「ああ。また後で様子を見に行くよ」


「うん」


 手を振ってフローラと別れる。

 風邪でも引いたのだろうか?


「あの様子じゃ……セシリアに続いて彼女も、ですか。モテるのは結構ですが、あまりに節操がないというか……誇らしくもありますが」


「リリア?」


「なんでもありません。それよりマリウス様、私とお話をしましょう」


「話? まあ、いいけど……」


「では一つ目の話題は私から提供します。先ほどたまたまフローラさんから聞いたんですが……昨日も、マリウス様はフローラさんに膝枕をされたとかなんとか」


「ッ——!?」


 俺の息が止まる。

 だらだらと汗が流れた。


「どうしてフローラさんと膝枕を二回したのか……どうして私にそれを話してくれなかったのか……もちろん、教えてくれますよね?」


「すまない、ちょっと用事ができた」


「大丈夫です。王女の相手が一番大切なので」


「しかし……」


「命令します」


「リリア……」


「座ってください」


「……はい」


 立ち上がった俺は数秒で着席。

 背後に鬼を背負った彼女へ、必死に言い訳をすることになった。




 ▼




 マリウスがリリアに問い詰められている間、先にグレイロード公爵邸の中へ戻ったフローラは、二階の窓から中庭にいる二人を見下ろしていた。


 彼女の瞳には、二人がすごくお似合いに映る。

 楽しそうに談笑する二人に、また胸が痛んだ。


「どうして……マリウスくんとリリア王女殿下を見ると胸が痛くなるんだろう? あの二人は公爵令息と王女。家格的にもお似合いで、王女様はマリウスくんに信頼を寄せている……」


 それはすごくいいことなんだろうと思う反面、モヤモヤが強くなる。

 この感情を表す言葉をフローラは知らない。

 ずっと仕事や子供たちのために生きてきたから。


 ただ、幼い頃、今と似た感情をマリウスへ抱いたことがあった。

 お互いに今より小さかった頃、彼と遊んだ時の記憶だ。


「私はどうしたらいいのかな。王女殿下なら、この気持ちの答えを知ってるのかな? でも、彼女に聞くのはなんか違う気がする……」


 それに、答えはもう彼女から貰ったような気がした。

 曖昧で不定形な形だけど、自分はとっくにそれを自覚してるものだと思ってる。

 認められないのは、やはりリリア第三王女殿下の影響か。


「……私は」


 小さく呟き、フローラはその場から立ち去っていく。


 憂いすら帯びた彼女の背中は、まるで何かにすがるようにも見えた。

 その気持ちをたしかめるように、自室へ戻る。

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