第25話 婚約者は威圧する

 人間、どうしようもない時は必ずくる。


 それはお金が無かったり、友達や家族と別れなくちゃいけないなど多岐に渡るが、俺の場合はやはりというかなんというか、女性関係の問題だった。

 別にやましいことをしてるわけじゃないんだ。正直に言えばリリアは許してくれると思う。

 誠心誠意せいしんせいい謝れば納得してもらえると思う。


 そう思ったはずなのに、彼女を前にした俺は中々それらしい言葉が言えなかった。

 だってしょうがないだろう?

 事実、俺はリリアが見ていない所で従姉妹のフローラに膝枕されていたんだから。

 どう取り繕ったって傍から見たら浮気に違いない。


 殴られることも考慮して、それでも俺はとにかく謝った。

 そうすることでしかこの嫌な空気を耐えられないと思ったから。


 さてさて……俺の命運は如何に。

 こんな所で死亡フラグが立つとは、俺の人生もままならないものだな。











「顔を上げてくださいマリウス様」


「えっと……その……」


「言い訳は結構です。マリウス様のことですから、何か理由があったんでしょう? ゆっくり聞いてあげますから話してください」


「リリア……! ありがとう。君なら俺のことを信じてくれると思ってたよ」


 いろいろ心の中で文句もんく言ってごめんね。

 これからは心を入れ替えるよ。


「ふふ。これでも婚約者ですからね。多少、マリウス様が他の女性に懸想しても許せるくらいの器量は持ち合わせてるつもりです。……ただ、この剣の切れ味は相当そうとう高いと思いますが」


 スッとリリアが剣を持ち上げる。


「リリアさん!? いつの間に剣なんて抜いたの!? というかその剣はどこから……」


「本日、一緒にやって来た護衛の方からお借りしました。何やら遠目でマリウス様が面白いことをしていたので」


「やっぱり許してくれる気ないだろ!? 最初から殺す気まんまんじゃないか!」


「失礼な……これはあくまで念のために持ち込んだ物。打ち首かどうかはマリウス様の説明を聞いてからです」


「さっきと言ってることが違う……」


「何か言いましたか、マリウス様?」


「いえ……何も」


「では話してください。そこの女性と乳繰り合ってたワケを」


「乳繰り合ってはないが、そうだな……簡単に言うと見たまんま膝枕されてたわけだが——」


「打ち首ですね」


「人の話を最後まで聞いてくれ」


 問答無用すぎる。


「……ごほん。続けてください」


「えーと、なぜ膝枕されてたかと言うと、彼女……フローラ嬢からのお願いだったんだ」


「お願い?」


「なんでも誰かに膝枕をするのが夢だったとか」


「え? 私はマリウスくんに……」


「お黙り」


 フローラの口を秒速で押さえる。

 余計なことは言わなくていいの。


「で、最初は断っていたんだがしつこくてな。仕方なくそれくらいならいいかと彼女の提案を受け入れた。なので別にやましいことをしてたわけじゃない」


「膝枕されてた時点でやましいと思いますが?」


「ごめんなさい」


 それはその通り。

 ぐうの音も出ない正論だ。


「……まあ理由はわかりました。いえ、本音を言えばよくわかりませんでしたが許しましょう。マリウス様が進んで膝枕されてたわけじゃないとわかったので」


 スッと持ち上げた剣が下がる。

 俺はホッと胸を撫で下ろした。


「そう言ってくれて助かった……俺の死因が膝枕による婚約者からの殺傷なんて笑えないからな。公爵家はじまって以来の珍事だ」


「本気で斬るつもりはありませんでしたよ? あくまで脅しです」


 嘘つけ。

 あの目は本気だったぞ。


「それより話を元に戻しましょう。そもそもその方はどちら様なのでしょうか? 婚約者の私には知る権利があると思います。もちろん、説明してくれるんですよね、マリウス様?」


「ああわかってる。彼女は——」


「サンタマリア伯爵家が長女、フローラ・サンタマリアと申します。挨拶が遅れて申し訳ございません、リリア第三王女殿下」


 俺の言葉を遮ってフローラが直接、自分の名前を名乗る。


「サンタマリア? サンタマリア伯爵家と言えば、グレイロード夫人の実家ですね」


「詳しいな」


「婚約者であるマリウス様のご家族ですから。調べておくのは妻として当然の努めです」


「妻ではない」


「未来の妻です」


「…………」


「何か?」


「いえ、何も」


「そうですか。ではフローラさんはなぜマリウス様の家に?」


「父が仕事で家を留守にする間、従姉妹であるマリウス様に会いに来ました。今はこちらのグレイロード公爵邸でお世話になっております」


「グレイロード公爵家で……?」


「はい。食事と寝床をいただいています。公爵様には最大限の感謝を」


「……マリウス様」


「ん?」


 急にリリアが話かけてくる。


「私も泊まります」


 ——は?


「無茶言わないでくれ。そんなことしたら今度こそ国王陛下に惨殺される」


「平気です。私が言えばお父様は反対しません」


「反対しなくても俺への怒りは溜まるもんだよ」


「マリウス様なら平気です。いっそ父上を返り討ちにしましょう」


「それはね、反逆罪って言うんだ。極刑ものだな」


 一族郎党いちぞくろうとう打ち首だよ。


「反逆罪がなんですか! 私と一緒に寝食を共にしたくないんですか!? マリウス様の想いとはその程度だったんですか!?」


「えぇ……無鉄砲にも程があるだろマリウスくん。さすがに限度があるぞリリア。第三王女としての自覚を持て」


「む~! ……ハッ!? 私が公爵家に来れないのなら、その逆はありなのでは……?」


 おっと。リリアが恐ろしいことを口走ったぞ。

 話題をさっさと変えよう。


「もういいからその話は。それより今日は何の用でウチに来たんだ? またデートか?」


「……え? いえ、普通にマリウス様の顔を見に。デートも悪くありませんが……今日はそれよりそちらのフローラさんとお話したいです」


「フローラ嬢と? なんで」


「なんでもです。女の同士の会話なのでマリウス様は離れていてください」


「はぁ……? なんて理不尽な……」


 婚約者なのに婚約者から追い払われた。


 三十メートルくらい離れた木の根元に腰を下ろす。

 一体、どんな会話が繰り広げられるのか。ほんのちょっぴり興味が出てくるのだった。

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