第24話 狂気と嫉妬

「マリウスくん!!」


 フローラの腕が伸びて、俺の服の襟首を掴む。

 すると当然、俺の前へ傾いていたエネルギーは急停止。

 首が絞まる。


「——ぐえっ!? え、襟を……離して、くれ……」


「あ、ごめんなさい!」


 パッとフローラが手を離す。


「けほけほっ! 酷い目に遭った……」


「本当にごめんなさい! 私ったら、つい……」


「まあ今のは俺も悪かったし許すよ。だが膝枕の件は断る」


「なんで!? ダメなの!?」


「むしろどうしていいと言うと思ったんだ? 花でも沸いてるのか?」


「それはさすがに酷くない!? マリウスくんが意地悪する……」


 よよよ。

 フローラが嘘泣きを覚えた。

 最悪だ。効果抜群である。


「むしろ苛められてるのは俺の方だと思うんだが……」


 羞恥心への攻撃に加え、物理的に首まで絞められたぞ。

 しかも相手は被害者面して良心にまで攻撃を仕掛ける始末。


 さて、本当に酷いのはどちらかな?


「そもそもあれはお互いに恥ずかしいことだったろ。なんでまたしたいなんてことになるんだ」


「じ、実は……私、意外と楽しかったの……」


「膝枕が?」


「うん」


「…………」


 やっぱりこの子はどこかがおかしい。

 あれが楽しいとか狂気だろ。


「だから、ね? お願い! また私に膝枕をさせて!」


「おやすみ~」


 また手を振って帰ろうとする。


「だから待って!」


 今度は腕を掴まれた。


「嫌だよ~。他の頼みなら考えるけど、膝枕は断固として断る!」


「急に男らしい声になったね……でも、私もどうしても膝枕したいの! お願い!」


「そんなにしたいの? たかが膝枕が」


「私にとってはたかがじゃないの! マリウスくんとの懐かしい思い出を振り返る機会なの」


「膝枕にそんな効果はない」


「私の膝枕にはあるの!」


「凄いな。人形でも作ってやってろ」


 すたすた。

 俺は三度みたび歩き出す。

 もちろんまた掴まれる。


「了承してくれるまで離しません」


「さっきはお願いって言ってなかった? これは脅迫では?」


「どうしてもしたいの~! 一回だけ! 先っちょだけでいいから!」


「聞きたくなかったその言葉……ハァ。わかったから離してくれ」


 ダメだ。これは先に俺の方が折れない限り永遠に続く。

 肩を竦めて諦めた。


「え? いいの?」


「了承するまで離さないんだろ? 面倒だからやるよ。少しだけな」


「~~~~! ありがとうマリウスくん! やっぱりマリウスくんは優しいなぁ」


「無理やり迫った奴の言葉とは思えないな」


 こいつもリリアタイプか?

 心優しい聖女様はどこにいった。


「そういうことは言わないの。じゃあ、明日の昼前に中庭に集合ね? ちゃんと起きてくるんだよ?」


「はいはい」


「はい、は一回!」


「はーい」


「伸ばさない」


「はい」


「よろしい。またね。おやすみマリウスくん」


「おやすみ」


 ようやくフローラは自室へ帰って行った。

 俺は踵を返し、


「さ、明日は昼過ぎまで寝るぞー」


 と言って自室へ向かった。

 本当に行くとは言ってない。

 寝坊は無罪だと信じる。




 ▼




 結論。

 寝坊は有罪でした。


 昼、すやすやと眠る俺はフローラにたたき起こされてそれを悟った。

 だって目の前に聖女の皮を被った鬼がいるんだもん。

 顔は普段のフローラなのに、背後に立派な悪鬼が見える。

 今にも俺を食い殺しそうな殺気だ。怖すぎる。


「ねぇ、マリウスくん」


「はい」


「私、たしかに昨日言ったよね? 昼前に中庭に集合だって」


「はい」


「じゃあなんで昼を過ぎてるのに寝てるのかな?」


「はい」


 それは布団が気持ちよかったからです。


「はいじゃなくて」


「今日は気温がちょうどよくて……」


「いい天気だよね今日も」


「だろ?」


「でも約束したよね?」


「はい」


「守らないとダメじゃない?」


「はい」


「反省してる?」


「まったく」


「連行します」


「——ぐえっ!? ま、また……!?」


 俺は昨日と同じくフローラに襟首を掴まれた。

 しかも今日はそれだけじゃない。

 彼女は襟首を掴んだまま俺を引き摺って部屋を出た。


 聖女でも鬼でもなく従姉妹がゴリラだった件。

 そのまま中庭まで強制連行された。


「はい。では改めて膝枕をします。横になってくださいマリウスくん」


「……まじで?」


「まじです」


「ちょっと勇気を込めます」


「ダメです。早くしてください」


「はい」


 これ以上は逆らえる雰囲気じゃない。

 俺は覚悟を決めて彼女の膝に頭を乗せた。


「どうでしょう、フローラさん」


「なんで敬語? ……でも、すごくいい。うん! やっぱりこれがいいの私には」


「さいですか」


 よくわからんが本人が喜んでるならそれでいいか。

 俺はもう考えるのすら面倒になって瞼を閉じた。

 その瞬間。











「楽しそうですね、マリウス様」












 声が聞こえた。

 反射的に言葉を返す。


「そう見える?」


「ええ。美人な女性の膝に顔を埋めて……とても、とても……楽しそうですね」


「…………」


 聞き覚えのある声と口調に瞼を開ける。

 するとそこには、どう見たってリリア第三王女殿下がいらっしゃった。


 俺は飛び起きる。

 そして、


「ちゃ、ちゃうねん」


 言い訳を始めた。


「何が?」


「これは何かの間違いです。膝枕なんかされてません」


「私はまだ何も言ってませんよ? ……それはそうとマリウス様、一つだけ質問してもよろしいですか?」


「な、なにかな?」


「浮気って死刑が妥当ですよね」


「本当にごめんなさい」


 俺は即行で土下座した。

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