第23話 狂気と懇願

 最近、俺の身には嫌なことばかりが起きる。

 王族を助けて婚約されたり、デートに誘われて脅され、プレゼントしたら知ってるイベントで、さらに従姉妹がやってきたと思ったら膝枕されるという。


 これが全て最近の間に起きたことだと誰が思う?

 特に最後の膝枕は衝撃的だった。


 膝枕だけなら許せた。けど俺の愚行は膝枕だけでは終わらなかった。

 被害者であるフローラは言葉を濁したが、間違いなく俺はフローラに何か恥ずかしいことをしたのだ。

 寝ぼけていたことを踏まえると、フローラのどこかに触れたか、フローラに対して何かの言葉を呟いたか。そのどちらかだろう。


 どちらにせよ俺の黒歴史には違いない。

 もう彼女と顔を合わせてまともに会話ができる自信はなかった。

 いっそ殺してくれよと思ったが、心優しい彼女にそんなことはできない。

 そして俺はビビリだからどれだけ恥ずかしい記憶ができても自殺は怖くて無理だった。


 願うは、フローラが自宅へ帰るまでの間、二度と顔を合わせることなく言葉も交わさずに終わることだが……ここはグレイロード公爵邸。俺の家だ。

 俺の家で俺が動かずに自室にこもれるわけがない。

 食事だってある。風呂もある。何より父や使用人たちが引きこもりを許さない。


 そういう理由もあって、俺はその日の夜に早速フローラと食堂で対面するのだった。

 正直、穴があったら潜りたい気分です。











「どうだねフローラ嬢。ウチの料理は。君の口に合うかな?」


 食堂にて、父の賑やかな声が響く。


「はい。とても美味しいです。伯爵家の料理人も素晴らしい腕を持っていますが、さすがは公爵家のシェフ。それを超えてきますね」


「ははは! そうかそうか。それは何よりだ。もっとあるからたくさん食べてくれたまえ」


「ありがとうございます」


 社交辞令を言われて父はすぐに上機嫌になる。

 父の扱いが上手いな。びっくりだ。父のちょろさに。


「……ん? どうしたマリウス。今日は珍しくあまり手が進んでいないようだな。いつものお前ならそれなりに食べるだろう? 気分でも悪いのか?」


「へ? い、いえ……平気です」


 にこりと笑ってはぐらかす。

 困った時ははぐらかす。


「ふむ? そう言えば……今日はフローラ嬢と楽しく中庭で談笑していたと報告が上がっていたな。仲良くなれたようで何よりだ」


「——んぐッ!?」


 父の言葉に料理を噴き出しそうになった。


「マリウス!? 本当にどうしたんだ!?」


「だ、大丈夫です……ちょっと咽ただけです」


「そうか? 大丈夫ならいいんだが……フローラ嬢はどうだった? ウチの息子が何か迷惑をかけなかったかね?」


「いいえ。何も。随分と立派に育ったようで、こちらとしては恥ずかしい限りです」


「何を言う。君の噂は私の耳にも届いているよ。城下では聖女と呼ばれているんだろう? 君にピッタリの呼び名じゃないか」


「そんなことありません。ただ私は救える子供が一人でも多ければと祈ってるだけで……」


「立派なものだ。平民を助けてなんの意味があるのかと私は思うが……平民であろうと喜ばれるのは素晴らしい。うんうん」


「あ、あはは……ありがとうございます」


 なんとも言えない父の言葉にフローラは苦笑していた。

 可哀想なので俺は助け船を出す。

 タイミング的にもちょうどいいだろう。


「——お父様。すみませんが俺はそろそろ自室に戻りますね。ご馳走様でした」


「もういいのか? おかわりは?」


「今日はそこまでお腹がすいてるわけではないので。フローラ嬢も先に失礼しますね」


 俺はにこやかな笑みを浮かべてそう言うが、


「あ、でしたら私もご一緒に。マリウス様にお話したいこともありましたし」


 なぜか彼女が乗ってきた。俺の想像と違う方向に。


「え」


 思わず素の声が出る。


「お、俺に?」


「はい。すぐに終わるのでなにとぞ時間をください」


「……わかり、ました」


 怖い怖い怖い。

 雰囲気的に頷くしかなかったが、今すぐ自室に逃げたい。

 だが、席を立つ彼女と並んで廊下を歩く。

 父の前では下手なことなどできなかった。




 ▼




 俺の自室に向かって長い廊下をフローラと歩く。

 彼女は最初、下を向いたまま何も喋られなかったが、やがて意を決したように口を開いた。


「すみませんでした、マリウス様。助け船を出してもらって」


「……父のことか」


 すぐに察する。というかそれしかない。


「はい。あのままだと、会話がしにくかったので助かりました」


「気にしないでくれ。息子から見てもあれは困る。あと、口調を崩してもいいぞ。ここには父はいないからな」


「あ……うん。改めて、ありがとうマリウスくん。気遣いのできるいい子になったね」


「そこまでは許してません。子供扱いはやめてくれ」


「えー!? だめ?」


 ダメに決まってんだろ。


「可愛くお願いされてもダメ。俺の自尊心が傷つく」


「残念……でも、今はいい。これくらいがちょうどいい」


「それはよかった。……で? 俺に言いたいのはそれだけか? もう自室に帰るからフローラも戻っていいぞ」


「ううん。実は他にもマリウスくんに言いたいこと……というより、こっちはお願いかな? があるんだ」


「お願い? 変なことじゃなければ別に構わないよ」


「……へ、変な、ことかな~?」


 フローラが視線を逸らす。

 やや慌ててるのがわかった。

 なので俺は、


「じゃあ無理」


 とストレートに拒否。


「酷い! 内容も聞いてないのに!」


「だって変なお願いなんだろ? 聞いてから判断したくない。拒否。却下。無理。不可能」


「そこまで!? マリウスくんのバカ~! 聞くくらいいいじゃない!」


 ぽかぽかとフローラが俺の肩を殴る。

 お遊びだから痛くはないが鬱陶しい。


「……はいはい。わかったから落ち着けフローラ。聞くからさっさと話してくれ。検討くらいはしてやる」


「本当? ありがとう。じゃ、じゃあ言うよ?」

「ああ」











「あの、ね? 今日の昼と同じように……また、膝枕させてほしいなぁって」


「おやすみ~」


 俺は手を振ってその場を立ち去った。

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