第22話 新たな恋の始まり?
素早い動きで中庭を去っていくマリウス。
そんな彼を見送って、フローラは頬に手を添えた。
「う、うぅ……バレちゃった。バレちゃったよ~……」
先ほどの光景を思い出すと彼女は顔が赤くなる。
それは本人に自分の気持ちがバレて恥ずかしいという感情と、あんなことがあって嬉しいという二色の気持ちだった。
しかし、フローラは知らない。
フローラがマリウスにバレていると思っていることが、マリウスは気付いていないということに。
「どうしよう……変な女と思われてないかな? 次から顔を合わせる時に緊張するよ~!」
ふりふり。
顔を左右に振って頭を悩ませる。
人は激しく動揺した時などに多動する傾向でもあるのか。
しばらくフローラは珍しく体をよくわからない風に動かし続けた。
五分もするとフローラの息が果てる。
「ハァ……ハァ……ハァ……な、なに、やってるんだろう……私」
運動して逆に頭が冷静になった。
深呼吸を一つ。落ち着いて考え直す。
「でも、よかった……またマリウスくんのことをマリウスくんって呼べるなんて。少しは、昔みたいに戻れたのかな? そういう意味だと、私の内面が少しだけバレたのはよかったのかな?」
マリウスに会うまで、マリウスに会ってから、どこかフローラは彼と一線を引いて接していた。
それはお互いが貴族ゆえのこと。
自分は従姉妹とはいえ伯爵令嬢。圧倒的に家格が上の四大公爵家の令息マリウスに、無礼な口などきけなかった。
けれど、それはフローラの中でたしかなストレスとなって彼女を襲う。
話してみるとマリウスは昔とはだいぶ変わっており、それがよりいっそう、彼女の寂しさを増幅させた。
このままお互いがお互いの知らない大人に成長するのかな……そう思っていた矢先のこと。
寝ぼけたマリウスが、過去と今の自分を繋げてくれたのは。
少し時間の経った今でも鮮明に思い出せる。
ことの始まりと終わりまでを。
▼
「おやすみ」
「おやすみなさい」
お互いに芝生の上で寝転がるマリウスとフローラ。
しばらくすると真横でマリウスの寝息が聞こえた。
それを聞いてフローラは起き上がる。
「すぐに眠れちゃうんですね……」
彼女は最初から自分が眠れるとは思ってなかった。
だからマリウスに合わせて彼が眠ったら起きようと考えてた。
想像以上に早かったのは誤算だが、予定通りマリウスが寝たのを確認し彼女はその場に座り直す。
「寝顔は、昔とあまり変わりませんね。昔と言っても、数年前ですし」
ちらりと、悪いと思いながらも寝ているマリウスを見下ろす。
無防備な彼の顔に、なんだか心が温かくなった。
「ちょ、ちょっとだけ触っても……バレませんかね? 起きません、よね?」
誰に確認しているのか、しきりに大丈夫かと訊ねるフローラ。
完全に危ない人だったが、少しすると意を決して彼女は腕を伸ばした。
そして、フローラの手がマリウスの頭に触れる。
「……柔らかい。髪がさらさらしてて気持ちいい……」
なでりなでりなでり。
マリウスの頭を撫でる手が止まらない。
フローラは不思議だった。
なぜかマリウスの頭を撫でるだけで自分が幸せなことに。
これまでの寂しさが嘘のように埋まっていくのがわかる。
「私は、最初からあなたとこうしたかったのかな? ずっと、ずっと距離を縮めたかったのかもしれないね」
呟き、思わず微笑む。
誰かに見られたら恥ずかしい感情と行為だ。しかし、今は誰もいない。
撫でられてる本人も寝ているため、フローラは遠慮せずに彼の頭を撫で続けた。
すると、そこで問題が起きる。
「——あ!? ちょっと、マリウスくん? そこは……」
やや寝苦しそうに呻いたマリウス。
そんなマリウスが、ゆっくりと手を動かしてフローラの膝を触る。
何かたしかめるような動きをしたあと、そのまま自分の頭を乗せてしまった。
足を伸ばしていたのが問題だったと思う。
別の体勢なら膝までの高さがあって頭を乗せるのに躊躇したかもしれないが、なまじ足を伸ばしていたので高さはほとんどなかった。
より親密な体勢になり、さすがのフローラも顔を赤くする。
「ど、どうしよう!? どうしよう……甘えてるみたいでうれし——じゃなくて、元に戻さないと……」
早速、喜びの感情に身を任せそうになったフローラだが、なんとか耐えてマリウスの頭を動かそうとする。
だが、マリウスの頭は重石かと思えるほど重い。
抵抗するように彼はフローラの足に抱き付いた。
「ひゃっ!?」
小さく悲鳴が漏れる。
こんな時でもマリウスのために声を抑えた彼女は優しい。優しいが……そのせいで状況は一向に進展しない。
むしろ、
「う、ん……? ふろー、ら?」
「ま、マリウスくん? 起きましたか? ごめんなさい、ちょっと頭を動かしてもらっていい?」
「……やだ。ふろーら、姉さん、我慢、して? お願い……」
状況は最悪の方へ進む。
甘えるようにしがみついたままのマリウス。
昔みたいに自分のことを姉と呼んでくれてときめくフローラ。
この歪な二つの行動と心理が、のちにマリウスの心を抉ることになるのだが、このときのフローラはまるで気付いてなかった。
「マリウスくん……!」
キュ————ン!
フローラ陥落。
昔の思い
無言でマリウスの頭を撫でる。
こうしてフローラは、マリウスが起きるまでの間、寝ぼけるマリウスとたまに会話をしながら過ごす。
本人としてはありえないほど幸せな時間だったとか。
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