第21話 増えた黒歴史は

 冷静に考えてほしい。

 仮に俺が寝ぼけて異性に何かしたとしよう。

 それを受け入れた側にも問題があると思うんだ。


 たしかに俺は彼女にとって悪いこと、ないし恥ずかしいことをした。

 けど彼女はそれを拒もうと思えば拒むことはできたはずなんだ。

 酔っ払いと違い、俺はただ寝ぼけてただけ。

 ほとんど力もなかっただろうし、女性の力でも引き離すことは簡単だっただろう。


 ……何が言いたいかというと、なぜか従姉妹と一緒に中庭で寝たら、起きたとき彼女に膝枕されてた件。


 何を言ってるのかわからないと思うが、正直、俺もよくわからない。

 寝ぼけてただけに何の記憶もないのだ。


 しかし、現実は残酷である。

 目の前にはやや頬の赤いフローラ・サンタマリア伯爵令嬢の顔があり、後頭部には女性特有の柔らかい感触と体温を感じた。


 もしかしなくても……やらかした?

 そう思った俺は、数秒のあいだ複雑な思考を巡らせて、ようやく行動を始めるのだった。











「ッ——!?」


 まず真っ先に飛び起きる。

 ギャグ漫画並みの跳躍を見せた俺は、顔を強張らせながらフローラから距離をとった。


「な、なな、なんでフローラ嬢の膝に俺の頭が……」


「た、多分……枕と間違えたんじゃないかな? マリウスくん、ものすごく気持ち良さそうに眠ってたよ?」


 なんだその反応!

 なぜ頬が赤い!

 なぜちょっと嬉しそうなんだ!

 なぜ敬称や敬語が外れてる!

 俺が目覚めるまでの数分、あるいは数十分の間に何があった!?


「……一応、聞いておくけど、俺は何かしたのかな?」


「な、何も……してません、よ?」


 嘘だあぁぁ————!

 その急に視線を逸らすやつは何かした感じじゃん!?

 恥ずかしそうにしてるじゃん。

 でもその中に嬉しそうな感情も見えるから余計に俺が何をしたのかわからない。


 取り合えず謝っておこう。

 何事も謝罪から話は始まるのだ。こういう場合。


「ごめんなさい。何かしたようで本当にごめんなさい」


「ちがっ、違うの! 本当に何かされたとかじゃなくて、ただ単に私が……」


「私が?」


「…………なんでもない」


 だからなぜ何も言わない!?

 その沈黙はものすごく気になるタイプだぞ!?

 さっきから心臓が痛いくらい高鳴ってるし、やっぱり俺は何かしたのか?


「正直に言ってくれフローラ嬢。俺が何かしたなら謝るし、謝らないまま君に許してもらうなんて都合がよすぎる」


「で、でも……その、恥ずかしい……」


「俺は、君に恥をかかせることをしたのか!?」


「そういうわけじゃなくて! なんていうか……久しぶりに、わたくしが喜ぶことができて……でもそれをマリウスくんに言うのは恥ずかしくて……」


 ?

 まったくさっぱり意味がわからない。

 フローラ嬢が喜ぶことだけど俺に言うのは恥ずかしい?

 なんだろう。

 状況的に考えて俺が膝枕されてたことに関しての話だろうが……。


「膝枕中に何かあった、とか?」


「…………ど、どうだろう?」


「ダウトォ!」


 隠しきれてないよフローラ!

 間違いなく膝枕中、厳密には俺が眠ってる間に何かあった。

 寝ぼけてるときに何か口走ったのかな?


 口走っただけならまだいい。行動に移したとかそういうのはないよな? ……ないよな?


「膝枕中に何かあったんだな。しかし、フローラ嬢はそれを伝えるのが恥ずかしい、と」


「う、うん」


「……しょうがない。俺の方が折れることにしよう。いつまでもフローラ嬢を辱めるのは嫌だし、このままだと無駄に時間が過ぎるからな。見たとこ……あれから結構な時間が経ってる。すまない、そんな長い時間フローラ嬢に膝枕させて」


「へ、平気ですよ。昔に戻れたみたいで楽しかったですし」


「昔?」


「ええ。昔、マリウス様と遊んだとき、マリウス様が今みたいに眠っちゃったときがあって」


「その時もフローラ嬢が膝枕したのか……」


「あの時のマリウスくんも可愛かったなぁ……あ」


「え」


「…………なんでもないです」


「ダウトォ!」


 やらかしたな俺ぇ!?

 この感じは間違いなく寝顔を見られ、あまつさえ寝ぼけて甘えたパターンまであるぞ。

 そう考えると顔から火が出るほど恥ずかしい。


 ぜんぜん俺の方がダメージでかいが?


「いや本当にすまない……謝って済む問題ではないがすまない……」


「ほんとに平気だから! むしろありがとうございましたと言うべきなの!」


「それはそれでどうなんだ……というか、口調が戻ったり戻らなかったり迷子になってるぞ」


「あ……ごめんなさい。気を付けていたつもりなのに」


「いいよ別に。謝罪の意味も含めて、フローラ嬢の好きなように喋ってくれ。俺たちは従姉妹なんだ。遠慮しなくていいよ。そこまで他人でもないし」


「マリウスくん……うん。そう、させてもらうね?」


「ああ。——ところで」


「ん?」


「俺は黒歴史が辛いから自室に戻る! またな!」


「えぇ!?」


 即座に立ち上がって脱兎のごとく俺は逃げた。

 いくらなんでもこればかりは俺でも逃げる。

 歳の近い女性に寝ぼけて何かをするなど……うわああああ!? 黒歴史以外の何者でもない。

 しばらくは夢に出そうだ。

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