第18話 三人目のヒロイン
「ど、どうしたマリウス!? この短い間に何があった!?」
突然、膝を折る俺を見て父が激しく動揺した。
「す、すみませんお父様……フローラ嬢が来ると聞いて、嬉しくて思わず力が抜けました……」
「は? 嬉しくて……力が抜けた?」
「はい」
「そ、そうか……まあ、お前とフローラ嬢はよく遊んだ仲だからな。気持ちはよくわかる。今日はリリア王女殿下とデートして疲れただろう。そういう意味でも疲労が出たのかもしれないな」
「恐らくは……。先に部屋に戻って休んでもいいですか?」
「ああ。ゆっくりするといい。今日の夕食は時間を遅らせる。昼寝をするのもありだぞ」
「ありがとうございます。もしかしたら明日まで寝てるかもしれませんが、お言葉に甘えますね」
「うむ。あとはお前に任せる。マリウスの指示には従うように。よほどのことでない限りは私へ知らせる必要はない」
父がメイドに指示を出す。
「畏まりました」
「ではなマリウス。またあとで。もしくは明日」
そう言って父は手をひらひらと振りながら奥の部屋へと姿を消した。
メイドが俺を立たせてくれる。
「……珍しいですね。マリウス様が倒れるほど喜ぶなんて」
「嘘に決まってるだろ。逆だ逆。最悪すぎてショックで倒れた」
俺はそんな面白おかしいキャラじゃない。
ショックで倒れるのも面白いと言えば面白いが。
「そんなことだろうと思いましたよ……。たしか、フローラ様と言えばサンタマリア伯爵令嬢ですね。いわゆる幼馴染というやつですか?」
「父が言ってただろ。それ以前に俺とフローラは従姉妹だ。母の旧姓がサンタマリア。そこにいる妹の娘らしい」
たしか年齢は俺の一つ上だったか?
「へぇ……だから昔に遊んだことがあるって言ってたんですね」
「まあな。けど問題はそこじゃない……」
フローラとの過去は今の俺にはどうでもいいんだ。
それより彼女が——ゲームの攻略対象だということの方が大切だ。
「どうして立て続けにくるんだ? 俺への嫌がらせか? 神が俺に苦労しろと言ってるのか……?」
「マリウス様?」
「……なんでもない。早く部屋に戻ろう。全てを忘れて寝たい」
「ショックを受けてるわりには意外と余裕ありますね」
「ないから寝るんだよ」
寝てる間は現実世界の嫌なことから逃げられるからな。
睡眠万歳。
「え~……そういうものですかね」
そういうもんだ。
俺とメイドは揃って自室へ向かう。
特大の爆弾がすぐ後ろへ迫ってきていた。
▼
フローラ・サンタマリア伯爵令嬢。
彼女はまるで聖女のような人間だ。
困ってる人を見たら平民だろうと平気で助けるし、休みの日は暇さえあれば教会へ行き子供たちに本を読んだり勉強を教えてるらしい。
その上、小遣いの大半を教会に寄付するほどの敬虔な神の使徒。
世界の平和と子供たちの幸せを願う彼女の様子に、城下の者たちは聖女様と名づけ呼んでいるとか。
しかし、そんな完璧な彼女にも欠点があった。
それは交友関係というか知り合いだ。
何を隠そう、彼女はグレイロード家の問題児であるマリウス・グレイロードの従姉妹。
あれとこれが従姉妹!? 信じられない! と最初に誰でも思うくらいに二人は正反対だった。
もちろん俺もマリウスがフローラの従姉妹だと知った時はびっくりした。
なんでも過去、小さい頃に数回ほど遊んだ記憶もあるらしい。
その頃からクソ生意気だった俺を見ても微笑むくらいにはフローラというヒロインは優しく暖かい女性だ。
俺の記憶が正しければ、フローラのルートは全ヒロイン中もっともシリアスが多い。
ネットで調べた時に多くのファンがフローラルートで泣いたとかなんとか。
俺はシリアスルートが苦手なので最後まで彼女のルートはやれなかったが、話を聞くかぎり相当な善人だとわかる。
そもそもあのマリウス相手にまともに会話ができるのもまた彼女だけだ。
その内容は決してまともなものではないが、他のキャラに比べスムーズに会話が進むのは彼女だけという。
くわえて彼女は、
過去にあった「とある経験」がきっかけらしいが、そんな些細なことをいつまでも忘れない彼女に敬礼を。
そして伏してお願いしたい。会いに来ないでくれと。
ただでさえリリアの相手だけでもお腹いっぱいなのに、そこへ別のヒロインまで来るとかなんて拷問?
しかし俺の懇願も虚しく、その日は訪れた。
父からフローラの件を聞いた三日後。
グレイロード家の邸宅まえに一台の馬車が停まる。
それを窓越しに見た瞬間から、俺は悲劇の始まりだと不安を察した。
そして、
「お久しぶりですグレイロード公爵様。本日はこちらのお願いを受け入れてもらい、まことにありがとうございます。父はすでに出立したあと。無礼ではありますが、何卒、お許しください」
恭しく頭を下げたフローラ・サンタマリア伯爵令嬢。
彼女が俺の目の前にいる。
「構わんとも。君の父上から事前に感謝の言葉をもらっている。それより、そこまで畏まる必要はない。我々の仲だ。まずは荷物を部屋に置いてくるといい。その後で、ゆっくりマリウスと話すのも悪くないぞ」
「寛大なお言葉ありがとうございます。是非、そうさせていただきますね」
にっこり。
リリアとは違い優しさと善意100%の笑顔が俺を貫いた。
父よ……余計なことを言うな。
俺は何もやる気はないぞ。
適当に寝て過ごしてやるからな!
そんなろくでもないことを考えながら、俺と彼女の仁義なき争い? が始まった。
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