第19話 昔の話と

 嫌だ嫌だと現実を嫌ったところで、無情にも現実は目の前に迫ってくる。

 俺は恭しく頭を下げたフローラを見てそう思った。


 リリアとはまた違った意味で対処の難しい彼女。

 これまで以上に俺の記憶は役に立たないだろう。

 だが、それ以前にここまできても俺のやる気はほとんどなかった。


 フローラとはあまり話をしないで自室にこもればいいだろう。

 リリアだってまた遊びに来る可能性がある。そうなったらその時はリリアを優先すれば文句は言われないはずだ。


 この家に彼女が来た理由が、久しぶりにマリウスに会いたい、というものでもそれを無視する覚悟が俺にはあった。

 フローラは優しいので仮にほとんど相手ができなくても俺を許してくれる。

 彼女の優しさに付け込むようでちょっぴり罪悪感を感じるが、どうか許してくれ。

 俺はもうこれ以上、ヒロインと関わりたくないんだ……。


 挨拶を済ませた俺は、そんな悲痛な心の叫びをあげながら自室へ戻ろうとした。

 しかし、父によって呼び止められる。

 嫌な予感がふつふつと浮かび、案の上、俺の部屋にはフローラ・サンタマリアが来ることになった……。











「こうして二人きりで話すのは久しぶりですね。元気にしてましたか、マリウス様」


 俺の部屋に入るなり、開口一番にフローラはそう言った。


「……一応は」


「そうですか。それは何より。ああ、お父様から聞きましたよ。あの第三王女殿下と婚約したとか。おめでとうございます」


「ありがとう」


「それにしても久しぶりに見たマリウス様は随分と大きくなって……昔はあんなに可愛かったのに、今ではカッコよくなりましたね」


「そうでもないよ」


 いつの話だそれは。

 今の俺にはあまり記憶にない。


「……あの、マリウス様?」


「どうした」


「なんでそんなに離れた所にいるんですか? 部屋の隅っこではなく、椅子に座られた方が……」


 フローラが当然の疑問を投げる。

 部屋の隅で体育座りしてたらそりゃあ目立つ。

 だが、


「いや、俺はここでいい。フローラ嬢こそ遠慮することはない。自由にしてくれ」


 俺には俺の考えがあるんだ。

 これは譲らんぞ?


「は、はぁ……なんだか、昔とは様子が違うますね。昔はもっと元気がよかったと記憶してますが」


「それだけ成長したってことさ。フローラ嬢は変わらないな。昔の優しいフローラ嬢のままだ」


「ふふ、ありがとうございます。これでもマリウス様より年上ですからね。一足早く大人になりました」


「一歳しか違わないだろ……」


「一年はそれなりに大きな差ですよ? でも……お互いに成長して、ちょっと距離は離れてしまいましたね」


 やや哀しそうにフローラが目じりを下げる。


「距離?」


「心というか、距離感というか……昔はもっと気安い関係でした。そうなるとわかっていても、哀しいものですね」


「お互い、それなりの立場だからな」


 いつまでも気さくに気安い関係ではいられない。


「マリウス様にはもう婚約者もいますしね」


「フローラ嬢にはいないのか? フローラ嬢ほどの人物ならいてもおかしくはないが」


「いませんよ。父の仕事の手伝いや教会に行ったりで忙しいですから、婚約者に構ってる余裕もありませんし」


「……ああ、教会ね。聖女様って呼ばれてるんだっけ」


「や、やめてください! 聖女なんて恥ずかしい……」


 そう言ってフローラは顔を赤くする。

 視線が斜め下へ落ちた。


「そうか? フローラ嬢にぴったりだと思うよ。フローラ嬢は太陽のような女性だ。自信を持つといい」


「も、もう! そういうところは変わりませんね、マリウス様は! いじわるな男の子のままです! 手のかかる子供では、なくなりましたが……」


「むしろよくなったんじゃないか? 手がかからないのは楽でいい」


「うーん……私は、昔のマリウス様も結構好きでしたよ? 可愛くて」


「その感性はおかしいと思う。俺だったら絶対に嫌だ」


 殴る自信すらある。


「ええ~!? またお姉ちゃんと呼んでもいいんですよ?」

「呼んだ覚えはない。仮に呼んでたとしても呼ばん」


 普通に痛い。子供でも痛い。


「嫌なんですか?」

「当たり前だろ」


 精神は大人だし。


「む~! 残念ですね。呼びたくなったらいつでも言ってください。二人きりの時でも構いませんから」


「どんだけ呼ばれたいんだ……一応、考えておくよ」


 絶対に呼ばないけどな。


「はい。ふふ」


「楽しそうだな」


「ええ、まあ。なんだかんだ言って優しい性格なのも変わってないなと」


「……俺が、優しい?」


「昔から優しいですよマリウスく——様は」


「嘘つけ。最近あった知り合いからは最悪だって言われたぞ」


 セシリア、お前のことだぞ。


「わたくしは幼馴染ですから。マリウス様のことはその方より詳しいかと。その上で、マリウス様は優しいです」


「昔の俺が、優しいねぇ……」


 信じられん。

 わがまま三昧のクソガキだったはずだ。

 事実、ゲームでも嫌味全開の陰湿な男として悪名を轟かせた。


 これはフローラ視点の俺が気になるところだが……自分の過去など聞いても恥ずかしいだけ。

 俺はそれ以上は特に何も言わなかった。


 のんびりとした時間が流れ、話の続きは天気がいいので中庭ですることにした。

 俺とフローラは揃って移動する。

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