第10話 初デートに
グレイロード公爵邸から馬車で移動すること十分。
俺とリリアは城下の一角にやって来た。
ここから先は俺もリリアも徒歩で移動する。
馬車ではデートらしくないとのことだ。個人的にはそれでいいじゃんと思うが、リリアの意思を俺ごときが曲げられるはずもない。
大人しく彼女に従って馬車を降りた。
「ふふ。昨日は一人で外を歩きましたが、そばにマリウス様がいると安心しますね」
「生憎と俺に戦闘力を期待しても無意味だぞ。確実に護衛の方が強い」
残念ながら俺の戦闘能力はスライム並みだ。
要するに一般人と同じ。テンプレのチート特典はなかった。
もしかすると何かしらの才能があるのかもしれないが、それを見つけるのが面倒で何もしていない。
ゆえに今のところリリアを守れるほどの度胸も力もありません。
「それはそうでしょうけど……む~! こういう時は、俺に任せておけ! くらいは言ってほしいですね。私の好感度稼げましたよ?」
「そう言われてもな……事実だからしょうがない。無意味に期待させるようなことは言わない主義なんだ」
「真面目なんですね。ちょっと好感度上がりましたよ?」
違います。面倒だから期待されても困るって意味です。
勝手に好感度上げないでください……。
「これであの時のように手を繋いでくれたら……もう言うこと無しなんですが」
ちらちら、にこり。
あからさまに期待した目で俺を見るリリア。
これは無言の圧力だ。さっさと手を握れという。
だが俺もいつまでも彼女に負けてはいない。
たまには自分らしく彼女の要求をスルーして——……。
「言うこと無しなのになぁ~?」
「…………」
「殿方の方からやっぱり握ってほしいものですよねぇ」
「…………」
「あ、そう言えば最近、お父様が新しい剣を買って試し斬りがしたいとかなんとか——」
ガシッ!
リリアの手を握る。
「あら? ……昨日のことを思い出しますね」
「昨日?」
「もう忘れたんですか? 昨日、ペンダントを探しに行こうと言ったマリウス様は、こうして私の手を握ってくれたんですよ」
「ああ……そう言えばそうだったな」
正確には、今は脅されて手を握ったわけだが。
「温かい……マリウス様の体温を感じます」
「リリアはちょっと手が冷たいな。冷えるのか?」
「あまり手に熱が篭らないタイプなんです。そこまで寒くはありませんよ」
「そうか。なら、取り合えず行こう。いつまでもここにいると他の人の邪魔になるからな」
「はい」
ニコリと笑ったリリアと共に露店の多いあの通りを歩く。
後ろからリリアと俺の護衛、メイドの計四人が続くが、それらを無視すれば彼女との二人きりのデートだ。
意識すると初めての経験に心臓が早鐘を打つ。
「今日もまた、昨日と同じく人が多いですね。見てください、向こうに見たことのない食材がありますよ」
「まあ平民は仕事で忙しいからな。それに、この辺りは人口も密集してる。……ほら、もっとこっちに寄った方がいい。手を繋いでるとはいえぶつかったら諍いの元だ」
グイッとぶつかりそうになったリリアをこちらに引き寄せる。
するとリリアの顔がみるみる赤くなっていった。
「ま、マリウス様……ちかっ……」
「あ、悪い。嫌だったか」
慌てて彼女から距離を取る。手を掴んだまま。
「いえ! 嫌だなんて決して! むしろありがとうございます!」
「ありがとう……?」
なぜかお礼を言われた。
彼女は本当に王族の一員なのだろうか。
ちゃんと教養を身に付けたのか謎である。
「——ごほん! なんでもありません。聞かなかったことにしてください」
俺の疑惑の視線を受けてリリアが咳払いを一回。
急に真顔になった。
「しかし、マリウス様が仰ることもまた事実。昨日よりしっかり我が身を守るためにも、本日はさらにマリウス様との距離を縮める必要があるかと」
「は、はぁ」
どういうことだろう。
結局、近づくってこと?
「要するに」
「今日は手ではなく腕を組んだ方がいいかと私は思います!」
「腕!?」
きゅ、急に距離を詰めてきたな……。
さすがに人前でそれは恥ずかしいんだが。
「やはり手だけではいざというとき困るでしょう。お互いのためにも腕を組み合うことを提案します!」
「手を繋ぐだけで十分だと思います」
「腕を組むことを提案します」
「手で——」
「腕を組みましょう」
「…………」
結局それも押し通す気か。
そのニッコリ笑顔をやめろ。怖いから。
それをされると俺に逆らう術はなくなる……。
「了解」
肩を竦めて俺は諦めた。
手を離して彼女と腕を組む。
くそ距離が近い。周りの視線が恥ずかしい。
お互いに多少は変装してるが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
だが、
「ふふ……温かいです」
リリアは心底楽しそうだった。
その顔を見ると何も言えない……。
俺はため息を吐きながら歩き出した。
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