第9話 王女様には逆らえなかった

 リリア・トワイライト第三王女殿下と婚約した翌日。

 なぜかそのリリア・トワイライト第三王女殿下がまたしてもウチの家にやってきた。


「り、リリア王女殿下? 本日は……どのようなご用件で?」


 すでに用件は聞いたが、万が一にも聞き間違いという可能性はある。

 というかその可能性に懸けてもう一度たずねてみた。

 しかし、


「ですから、マリウス様とデートがしたいんです! 一緒にまた城下へ行きましょう!」


 答えは変わらない。

 やっぱりデートとかいう生産性皆無の行為がしたいのか……。


 お断りします!


「デートですか。すみません……今日は用事があって……」


「うん? 何か用事があったかな?」


「いいえ。特に何もなかったはずですよ。少なくとも第三王女殿下より優先することは何も」


 お————い!

 急に現れてなに言ってるんだ父と母よ。

 余計なこと言ってる暇があったら仕事しろ仕事!


 俺には自由な時間をだらけて過ごすという大切な予定があるんだ。

 わかったら全員いなくなってください。

 切実に神様へ願ってみたが、


「どうやら何も予定はないみたいですよ」


 俺の願いは虚しくも神へは届かなかった。


「それとも……婚約者である私とデートに行くのが……嫌、だったり?」


 ニッコリ。

 そう言いながらリリア王女殿下は笑う。

 笑ってるはずなのに威圧感を感じるのはなんでだろう。


 背後に黒いオーラを背負いながら徐々に距離を詰めないでほしい。

 怠惰で無気力な俺は、迫られると弱いんだ……。


「ま、まさか……まさか。婚約者であるリリア王女殿下とは、是非ともデートがしたいと思ってましたはい」


「あら、本当?」


「本当、です」


「それはそれは。婚約者に愛されて私は嬉しいです。ふふふ」


 スッとリリア王女殿下の背後にあった黒いオーラが消える。

 もしかして彼女、俺の心の声が聞こえているんじゃないよな?

 詰め寄るタイミングがあまりにも絶妙すぎる。


 生涯、俺は彼女に頭が上がらないんだとわからされた。


「でもダメですよその呼び方は!」


「呼び方?」


「はい。私たちはもう婚約者同士なんですから、いつまでも王女殿下と呼ばないでください。もっと気さくな感じで」


「え? いやいや……いくら婚約者といえども敬称を外すのは……」


 親しき仲にも礼儀あり。

 一定の敬意を弁える必要があるだろう。周りの目もあるし。


「確かに公の場では敬称を付けてもらいますが、二人きりの時くらいはいいでしょう? 他に誰がいるわけでもないのですから」


「……リリア、王女殿下」


「マリウス様」


「リリア、様」


「マリウス様?」


「…………リリア」


 くぅ————!

 心が弱い! 俺はなんて弱い人間なんだ……。


「ありがとうございます、マリウス様!」


 リリアの方はすごく嬉しそう。

 笑顔に宝石のごとき輝きが見える。


「リリアさ——んんっ。リリアは、俺のことを呼び捨てにはしないんですか?」


「敬語」


「……しないのか」


「ええ。妻が夫を呼び捨てにするなど外聞が悪いでしょう?」


「敬語も外さないと」


「はい」


 なんやねんそれ。

 思わず似非関西弁? が出た。


 俺には敬称も敬語も無理やり脅して辞めさせたのに、自分はOKとかずるくね?

 しかしそれを言ったところで彼女は笑って誤魔化すのだろう。

 そして俺はそれ以上の追及ができない。

 立場の弱い夫であった。


 …………いや夫じゃないけどな!?


 あ、あぶねぇ。

 今ナチュラルに結婚してた。リリアに誘導されたのか?

 だとしたら怖い。第三王女、超怖い……。


「それより早くデートに行きましょう! 時間は有限ですよ。お互いに忙しい身。チャンスは存分に活かさないと!」


 そう言って俺はリリアに腕を掴まれる。

 グイグイと引っ張られて家を出た。


 すでに外にはメイドと護衛の騎士が待機している。

 あいつら……こうなることを予め予期してたな?

 あとで罰を与えよう。激辛料理を食べさせるとか。


 俺はリリアに引き摺られるようにして歩きながら、早速、現実逃避をするのだった。

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