第7話 誰か嘘だと言ってくれ

 リリア第三王女殿下の落とし物を見つけた翌日。

 俺はお礼などいらないと言って逃げたのに、フラグが向こうからやって来た。


 そしてグレイロード家を訪れたリリア王女殿下の目的とは……俺との婚約話だったらしい。

 それを聞いて心の中で吐血した。


「お……わ、私とリリア王女殿下が、婚約!? 一体どうしてそうなったんですか!」


 思わず声を荒げてしまう。

 しかし、隣に座るリリア王女殿下は冷静に言った。


「先ほどグレイロード公爵様が言ったように、グレイロード公爵家と王家の間で、婚約の話はたびたび上がってました。……ではなぜ急に私とマリウス様の婚約話が出たかと言うと、端的に言って私のせいですね」


「リリア王女殿下の?」


「はい。自分で言うのも恥ずかしい話ですが、昨日の一件ですっかりマリウス様に心奪われてしまい……昨日はあまり気持ちよく寝れませんでした。ずっとマリウス様のことばかり考えて……」


 ポッと頬を赤く染めるリリア王女殿下。

 ポッ、じゃない。ぜんぜん嬉しくないんだが、その婚約話は拒否できるのだろうか?

 できるなら是非とも今すぐお帰りいただきたいところだが……。


 ちらりと正面に座る両親を見る。両親は俺の婚約話に賛成なのか夫婦で盛り上がっていた。とてもじゃないが「お断りしてもよろしいでしょうか」とは言えない。


 だが悪役貴族として、モノグサとして王族との婚約など断固反対だ。

 家督を継ぐのでさえ億劫なのに、王家と関係ができるなど考えただけでも嘔吐しそう。だるすぎる。


 ここは怒られるのを覚悟で辞退しよう。少しは俺の意思も汲み取ってもらえるはずだ。


「た、たいへん名誉なお話ですが……私としては王女殿下との婚約は身に余るというか不相応というか……もう少し考えてから答えを出してもいいのでは、と思います」


「……それは、私と婚約したくない、ということでしょうか?」


 ニッコリ。

 真横から絶対零度の微笑みが届く。まるで俺の近くだけ真冬にでもなったかのような錯覚を覚える。


 超、怖い。


「決して、リリア王女殿下と結婚したくないわけじゃ……」


「ならよいではありませんか。家格を考えてもベスト。年齢も同い年。問題を探す方が難しいですよ?」


「し、しかし……一時の迷いということもあります。冷静になれば他に相応しい相手が……」


「いません。マリウス様以上の殿方は、この世に、いません」


 断言。

 断言しちゃった。怖くて横が見れない。絶対リリア王女殿下が俺のことを見てる。


 それらしい言い訳を並べてみたが、恋は盲目と言うべきか一切彼女は動じない。これは何を言っても無駄かな……。


 どうせ徒労に終わるなら、今は婚約を受け入れてあとで解消してもらおう。ほら、この世界には俺を救ってくれる存在がいるだろ?


 頑張ってくれよ、主人公。


 悪役貴族だけどプライドなんてない。リリア王女殿下を引き取ってくれるなら報酬も出す所存だ。本人にバレたら刺されそう。


「観念しろマリウス。リリア王女殿下がここまでお前を高く買ってくれているんだぞ? 公爵家次期当主として、男として受け止めるしかないだろう?」


「そうね。あまり女の子に恥をかかせるものじゃないわ。婚約してから見えるものもあると思うの。私もお父さんと結婚して色んな一面を見たわ。その度に好きな気持ちは膨れていく。あなた達ふたりもそうであることを祈ります」


「マリア……!」


「あなた……!」


 おいそこ。王女殿下と息子の前でイチャイチャするな。時と場所を考えろラブラブ夫婦!


 そりゃあ二人はいい。王族との繋がりができて最高の婚約相手が見つかったんだから。

 けど当人である俺は違う。義務感、責任、期待……そんな鬱陶しいものを背負わされるなんて最悪だ。


 適度な仕事。安らぎの時間。怠惰な休日。これこそが俺の求める人生。

 それが王族なんかと結婚してみろ。なに一つ望めないじゃないか。


 ……しかし。


「お二人もこう言ってますし、婚約だけなら問題ないのでは? それともやっぱり……私のことがお嫌いでしょうか?」


「うっ……その……」


 妙な圧を放つ彼女から逃げられない。

 深淵のごとき闇色の瞳と目が合う。

 顔は笑っているのに、目は笑っていなかった。こちらの心まで呑み込みそうな闇が、徐々に俺のそばへ近づく。


 む、無理。これを相手に拒絶するとか……無理!


 最後の最後で俺は白旗を振った。

 肩をガクッと落として答える。


「ぜんぜん、嫌いじゃありません……。婚約の件、了承しました」


 すると、


「ありがとうございます、マリウス様! これで今日から私たちは、婚約者ですね!」


 リリア王女殿下は……太陽のような明るい笑みを浮かべた。

 先ほどまでのどす黒い彼女と同一人物とは、とてもじゃないが思えない。

 ……女の子って、怖いな。






 こうして、めでたく俺とリリア王女殿下の婚約が決まった。


 誰か嘘だと言ってくれ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る