第6話 こ、婚約!?

 人間は、失敗する生き物だと俺は思う。

 後悔なんて言葉が生まれるくらいに、人の人生には失敗が付きものだ。


 しかし、一つの失敗をいつまでも引き摺っていると、それをきっかけに様々な失敗を誘発してしまう。


 何が言いたいかと言うと……人間、失敗の一つや二つくらい平気でするよね、問題ないよねって事だ。


 ベッドの上で気だるげに天井を見上げる俺は、自分にとって甘い答えを出して昨日の件を呑み込む。


 俺は悪くない。向こうが悪い。中途半端に覚えてた俺の頭が悪い。責任は記憶力にとってもらおう。

 そう思って寝返りを打つ。

 窓辺から澄み渡る青空が見えた。


「空はあんなにも美しく澄み渡ってるのに……俺の心は曇り空。転生した直後に戻りたい……」


 思わず愚痴が漏れる。

 面倒くさがりな俺だが、そんな俺にも唯一の欠点がある。


 それはネガティブな思考だ。基本的に自分が選んだ選択肢は悪い方向へ進むと考えてしまう。

 冷静に考えるとそんなこともないのだが、つい悲観的な思考ばかりが脳裏を巡る。


 今もそうだ。昨日のリリア王女殿下とのやり取りが未だに尾を引いていた。

 本当は考えることすら億劫でだるいが、ネガティブな意識はそう簡単に引っ込まない。


 ……やれやれ、我ながら厄介な性分だ。

 どうせそうそう会える相手でもないんだから、そこまで心配する必要はないのに。


「そうだ……そうだよ。相手は第三王女殿下。いくら公爵令息とはいえそうそう会える相手じゃない! 無意味な考えはやめて、もっと建設的なことに時間を使おう」


 やめだやめ。

 昨日は頑張って走ったからだるい!

 今日は一日中ベッドの上で過ごすのだ。もうそのための予定は決めている。






 決めていたのだ。本当に。


「マリウス様。リリア王女殿下がお越しになりました。旦那様より準備をして客間に来てほしいとのことです」


 おえ。

 心の中で吐いた。


 超なまけきったところにメイドが告げた不幸の言葉。

 なんとなく察してはいた。控えめに扉がノックされた時には、自分の心臓がうるさいくらいに強く早鐘を打っていたのだ。


 しかし、察してはいても覚悟はできていなかった。テキパキと準備を始めるメイドを横目に、俺は死んだ魚のような目で窓の外を眺める。


 なあ大空よ……お前はなんでそんなに青いんだ? 俺にも、透き通る色をください……。

 完全に現実逃避だった。




 ▼




 服を着替えて客間に向かう。

 すでに両親は客間にいたのか、扉の向こう側から賑やかな声が聞こえてきた。


 それを聞いて余計にテンションが下がる。

 だが居留守は使えない。メイドがサッとドアノブを捻った。


「お待たせしましたリリア王女殿下。それにお父様とお母様も」


「おお、ようやく主役が来たな。ささ、リリア王女殿下の隣に座るといい」


「はぁ……では」


 部屋に入るとリリア王女殿下を含めて両親と何人かの使用人がいた。


 父と母は仲良く隣同士で座り、その対面にリリア王女殿下がいる。

 俺は言われた通りに彼女の隣に腰を下ろした。


「昨日ぶりですねマリウス様。リリア・トワイライトです。こうして正式に顔を合わせるのは初めてになりますね」


「は、はい。……改めて、マリウス・グレイロードです。今日は何をしにウチへ?」


「もちろん昨日の件で来ました。マリウス様ったら、お礼すると言ったのに急に逃げるから……」


 ふふ、と彼女は微かに笑った。

 俺に逃げられたと言うわりには、どこか楽しそうな雰囲気すら感じる。


 マジで、一体、なにしに来たんだ……このどす黒王女殿下様は。


「話は殿下より聞かせてもらったぞマリウス。第三王妃様の大切な遺品を見つけだしたんだろう? さすが私の息子だ。父として誇らしいぞ!」


「本当によく出来た子だわぁ。サラッと王女殿下を助けて立ち去るなんて。まるで絵本に出てくる王子様のようね」


「そ、それほどではありません。たまたまですよ、たまたま」


 やめてくれ。過剰に俺を持ち上げようとしないでくれ、父と母よ!

 二人が俺を褒める度に隣からギラギラとした視線を感じる。


「たまたま、ですか。やはり運命でしたね。たまたま私が形見のペンダントを落とし、たまたまマリウス様がそれを見つけた。ふふ。ふふふ!」


「あらあら。王女殿下ったらまんざらでもなさそうですね」


「ええ、それはもう。確かなものをあの時の私は感じました。陛下と王妃の了承は得ています。グレイロード公爵家なら家格も申し分ない……いえ、むしろ最高と言えます。反対する者は誰もいません」


「うむうむ。そうだろうとも。王家と四大貴族が結ばれる……これほど素晴らしいことはない。もとよりその手の話は陛下との間に出ていたことですしね」


「むす……ばれる?」


 不穏な単語が聞こえた。聞き逃せずにオウム返ししてしまう。

 すると父が心底嬉しそうに言った。


「ああ。今回リリア王女殿下がウチへ来たのは、お前との婚約に関しての話をするためだ」


 こ、こんや——!?

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