第3話 それでも俺は頑張らない
なんということでしょう。
俺こと灰葉瞬は、ある日、放課後の帰宅途中で車に轢かれた死んだ。
それだけならまだよかったのだが、よくないが、あろうことか俺は死んだあとでゲームの世界に転生してしまった。
しかも恋愛ゲームの世界に。さらに悪役貴族という外れ枠として。
もう考えるのも面倒くさい展開だ。
考えるのが面倒なので俺は寝た。体調がまだ万全じゃないという理由でしばらく寝まくった。
不思議なことに、人は適度な睡眠と食事を摂るとどんな状況にも意外と適応できるらしい。
一晩じっくり数秒ほど考えて、俺は「まあいっか」という結論を出した。
よくよく考えてみたら破滅ルートがなんぼのもんだ。こちとらすでに一回死んでる身だぞ? 不運な未来などに怯えたりしない。
それにこの手のファンタジーでお決まりなのは、主人公が悪役にならないルートだ。悪いことをしなければ俺は単なる貴族の跡取りでしかない。家督を継ぐのは非常に面倒だが、この先お金で困ることはなくなるだろう。
それを考慮するとわりと悪くない転生先だと思った。
なので俺は、前世と変わらず無気力に生きる。
……やっぱり省エネはやめられないらしい。
コンコン。
ちょうど思考がひと段落したところで、部屋の扉が控えめにノックされた。
誰だろう。
「マリウス様。朝食をお持ちしました。入ってもよろしいでしょうか」
この声はメイドか。
「ありがとう。入ってくれ」
「失礼します。お体の調子はどうでしょうか?」
部屋に入室したメイド。てきぱきと素早く食事の支度をしてくれる。
「とっくに問題ない。お父様もお母様も心配性で困る。ずっと自室に篭ってたら暇で暇でしょうがないだろうに。そろそろ外に出てもいいと思わないか?」
「ふふふ。旦那様も奥様もマリウス様のことが大好きですからね。食事を運び終えましたら私がお声をかけておきましょう。マリウス様が外出を希望している、と」
「本当か? すまない。俺が不用意に出歩くと二人がびっくりするからな……頼む」
「お任せください。……では私はこれで。三十分ほどしたら戻りますので、その時に外出の件をご報告しますね」
「ああ。色々とありがとう」
恭しく頭を下げてメイドは退室した。
ここ数日で俺の好感度がメイドを中心に急上昇している。
理由は単純だ。高熱を出す前のマリウスと治ったあとのマリウスが別人に近い変化を遂げたから。
前のマリウスはそれはもう嫌味な奴だった。ワガママで他者を見下すゲスだった。
しかし、前世が平凡だった灰葉瞬の意識が入ったことにより、物腰どころか性格も優しくなったと評判だ。
特別何かしたわけじゃないが、何もしていないだけで喜ばれる。前のマリウスはどんだけ問題児だったんだ……。
「外出許可、貰えるといいな」
小さく呟いて、俺はメイドが運んだ朝食を食べ始める。
我ながらたった数日でよく馴染んだものだ。前世への未練がまったく無いと言えば嘘になるが……怠惰な貴族生活、最高……。
▼
朝食を食べ終えた俺は、時間通りに部屋に戻ってきたメイドから吉報を貰う。
「お喜びくださいマリウス様! 旦那様から外出許可が出ました! すぐに戻ってくるようにと伝言はありますが」
「おお……! よかった。これで暇に忙殺されないで済むな」
いくら俺が面倒くさがりのモノグサでも、何日も何日もずっとベッドの上にいたらそりゃ暇にもなる。
この世界の本はあまり面白いものとかないし。
「早速、マリウス様のお洋服をご用意しますね。護衛に騎士が一人とメイドが一人付きますが問題ありませんか?」
「ん? 護衛が付くのか。メイドはともかく」
「ええ。マリウス様はグレイロード公爵家の長子。貴族の中でもトップクラスに高貴なお方です。こう言ってはなんですが、その身を狙う者が少なくありませんので」
「なるほど……貴族社会は面倒だな」
わざわざ俺を狙う暇人もいるんだな……と前世なら思ったが、この世界だと俺を攫うことには多大な意味が含まれるらしい。
誰しもが金持ちに憧れるもんだが、いざ金持ちになると身の危険を感じるなんて……世の中ままならない。
もうちょっと位の低い貴族でもよかったんだよ、転生先。
今さら言ってもしょうがないが。
「護衛の件、了承した。服装は適当でいい。どうせお忍びだからな。目立たない服だとなおいいな」
「畏まりました。地味めの外套も用意しますので少々お待ちください」
そう言って複数のメイドが行動を開始する。
貴族は着替えるものにも気を使うし、メイドがわざわざ着替えさせてくれる。
最初は恥ずかしかったが、慣れると自動で服を着替えられてすっごい楽だ。
下着くらいはさすがに自分で穿くけどな……。
前に下着すら穿かせてくれようとして赤面したのはいい思い出だ。久しぶりにマジで叫んだ。
▼
着替えが済み、護衛の騎士とメイド、合計三人で外に出る。
転生して初めての外出だ。日本とは違う光景に珍しく胸が高鳴る。
俺も平凡な人間だからな。面倒だ面倒だと思ってもこういう景色には見惚れる。一人旅とか想像したりもする。
……面倒くさくて結局は行かないが。
「それでは何処に向かいましょうか。王城にでも行ってみます?」
初手で王城とはすごい発想だなこのメイド。
意外と肝が太そう。
「却下だ却下だ。いきなり王城なんてめんど……面白くないだろ。まずは近場、市井を見て回る」
「はぁ……市井ですか。市井を見て回って面白いですかね?」
「俺にとっては新鮮な光景だからな。意外と面白いと思うぞ」
多分な。
「わかりました。くれぐれも騎士かメイドの私から離れないでくださいね。迷子になったら一大事ですから」
「お前らの首も飛ぶしな」
「笑えません」
半ギレのメイド。
「冗談だ。何なら手を繋ぐか? 手を繋げば離れたりしないだろ」
「——へ?」
カアアッ。
みるみる内にメイドの顔が真っ赤になった。
単なる冗談だったんだが……素直に照れられると俺も恥ずかしい。
「な、なんてな。ちゃんと言われた通りにするよ。さあ、時間ももったいないしそろそろ行くか」
「あ、マリウス様!」
やや赤くなった頬を隠すように俺は歩き出した。
慌てて騎士とメイドの二人が俺のあとを追う。
▼
しばらく道なりに進むと、人通りの多い場所へやって来た。
いたる所から声が聞こえる。
「意外と活気があるな。どこもかしこも元気な声で満ちてる」
「王都は世界でも有数の大都市ですからね。人口も他の街とは比べ物になりません」
「ふーん」
その中でも選ばれた存在が貴族であり、その頂点に立つマリウスが調子に乗るわけだ。人間としての格が文字通り違うのだろう。
周りを見てもそれが一目瞭然だった。
「平民の生活は安定してるのか? 貧民とかいたりしないのか?」
「どうでしょう。私も貴族の娘ですから平民に関しては詳しくありません。ですが貧民は確実にいますね。活気のある王都でもやはりあぶれる方は出てきます」
「そういう連中に手を貸したりは?」
「教会や一部の貴族は生活のサポートをしたり炊き出しを行ってますね。それがどうかしましたか?」
「いや……聞いてみただけだ」
日本にもあった貧富の差。
幸いにも俺は貴族の令息に転生したが、貧民の彼ら彼女らは今日を生きるのも大変なんだろう。
それを思うと俺みたいな奴が裕福な生活をしてることが申し訳なくなる。
今度、彼女に聞いた炊き出しとやらをやってみようかな。
面倒くさがりだが、少しは社会に貢献しておきたい。無論、俺は金を出すだけで準備や炊き出しは他の者に任せるが。
「それより、あれは何を——」
ドン。
しまった。前方不注意で誰かとぶつかった。
歩く速度はさほど速くなかったので本当にぶつかっただけだが、慌てて俺は正面へ視線を移す。
すると俺の目の前には、俺と同じ外套を羽織った小さな……少女? が立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます