第4話 その記憶は

 前方不注意でぶつかった俺と謎の少女。

 だが、なぜか少女の方は大粒の涙を浮かべていた。痛かったのだろうか。慌てて俺は謝罪する。


「わ、悪い! どこか怪我とかしてないか? 痛かったら言ってくれ、ちゃんと慰謝料は出す!」


「い、いえ……平気です。こちらこそ下ばかり見てたのでぶつかってすみませんでした」


 声が高い。やはり女の子か。

 目立ちそうな金色の髪がフードの隙間からちらりと見えた。


「下……? 下を、見てたのか」


 言いながら俺も下を向く。当然ながら下には地面しかない。

 こんなものを見て何が楽しいのか。素直に俺は疑問に思った。


「じ、実は……ある物を探してまして」


「ある物?」


「はい。小さなロケットペンダントなんですが、歩いてる最中に落としちゃったみたいで……」


「大切な物なのか? そのロケットペンダントとやらは」


「ものすごく大切なものです。母が私に残してくれた形見で……」


 お、おお……地雷踏んだ。空気が重い。


「悪い。嫌なことを聞いた」


「い、いいえ! こちらからお話したのです、それくらいは問題ありません。むしろこちらこそ気を使わせたようで……」


 しょんぼりする謎の少女。

 俺と同じどこかの貴族かな。

 可哀想だとは思うが、この広大な王都で失くした物を探すなどとてもじゃないが不可能だ。


 手伝う?

 無理無理。体力的にもテンション的にも他人の探し物とかやる気が出ない。

 その内、親切な誰かが拾ってくれるだろう。大切なものなら尚更な。


「…………ん? 落し物……? 大切な、ロケットペンダント?」


 「じゃあ俺はそろそろ行きますね。探し物、見つかることを祈ってます」と言いかけて、そこでふと俺は既視感を覚えた。


 この展開、なんだか覚えがあるような……喉元まで出掛かった何かが、俺の背中を無理やり押す。


「ロケットペンダント、ロケットペンダント……もしかして?」


「あ、あの?」


 急にぶつぶつと独り言を呟きはじめた俺に、謎の少女が首を傾げる。


 背後に控えるメイドと騎士も俺の様子に疑問符を浮かべた。


「なあ、悪いがその落し物とやら、ちょっとだけ探すの協力してもいいか?」


「え? 何か心当たりでも?」


「気のせいだとは思うんだが、それっぽい物の行方に心当たりがある」


「——本当ですか!?」


 グイッ!

 俺の言葉に反応して謎の少女が顔を思い切り近づけてくる。


 ち、近い……。

 宝石のごとき紫色の瞳が、希望を宿して輝いている。


「き、君が探してる物かどうかはわからない! それでもいいなら、今から案内するけど……」


「お願いします! 少しでも希望があるなら、私はそれに懸けたいのです!」


「そ、そうか……わかった、わかったから少し離れてくれ。この状態は落ち着かない!」


「あ……」


 ようやく自分が異性に急接近していたことに気付いたのか、少女は遅れて頬を赤くした。

 驚くべき速さで距離を離し、申し訳なさそうに頭を下げる。


「す、すみませんでした! 興奮してつい……」


「か、構わない。それより早く落とし物を探しに行こう。ゆっくりしてたら他の奴に拾われる可能性がある」


「そう、ですね……はい」


 なんだかお互いに気まずい雰囲気になってしまった。


 ほどよい距離感を保ちながら俺と少女、騎士とメイドは歩き出す。

 俺のおぼろげな記憶が正しければ、なんとなく露店が立ち並ぶ通りに何か落ちてた気がする。

 正確には、落ちてた物を拾った、という光景を見た気がする。


 ……無かったらどうしよう。

 めちゃくちゃ期待してるみたいだし、きっとガッカリするだろうな……。

 その時は全力で謝ろう。誠意くらいは受け取ってくれるはずだ。


「思えばどうしてこんな面倒な目に遭ってるんだ、俺……」


 今日はただ城下を見て回るだけの予定だったのに。

 余計なことなど言わず、さっさと彼女と別れておけばよかった。






 このあと、自分が致命的なミスを犯したことに気付き、ことさらそう思うのだった。




 ▼




 おぼろげな記憶を頼りに俺は露店が立ち並ぶ通りにやって来た。

 日中なので通りを歩く人は多い。下手すると彼女たちとはぐれてしまう可能性すらある。


 やや気は乗らないものの謎の少女に消えられると俺が困る。俺はゆっくりとだが彼女の方へ手を伸ばし、その華奢な手をしっかりと握り締めた。


「ひえっ——!?」


 急に手を握られた少女はおかしな声を出して驚く。

 すぐに俺が言い訳を口にした。


「はぐれないために手を繋ぐぞ……我慢、してくれ」


「な、なるほど……! わかり、ました。ご迷惑を、おかけします……」


「こちらこそ……」


 クッ!

 お互いの間になんとも言えない甘酸っぱい空気が流れる。


 そして後ろを振り返らなくてもわかった。絶対にメイドがニヤニヤしてると。

 さっきから小声で「ニヤニヤ。ニヤニヤ」と言ってるの聞こえてるからな。あとで罰を与えよう。


「じゃあ、行くぞ」


「は、はい!」


 意を決して歩き出す。

 彼女が転ばないように歩幅は小さく。


 目指すべきは穀物を売ってる店だ。辛うじて思い出せる記憶には、その店の横に何かがある。


 俺は迷わず真っ直ぐ通りを進んだ。

 途中、行き交う人たちに押されて少女とくっついたり離れたりしたが、手を繋いでるおかげで見失うということはなかった。


 しばらく歩いていると目当ての店の前に辿り着く。


「ハァ……ハァ……こ、ここに何かあるはずだが……」


 病み上がりで激しい運動をしたからさすがに疲れた。

 隣で同じように謎の少女も荒い呼吸を繰り返している。


「確か、店の横に……ん? なんだあれ。何か光ってる物が袋の間に挟まって……」


 店の周りをきょろきょろ見渡す俺は、露店の横に置いてあった袋と袋の隙間に、何やら光る物体を見つけた。


 気になったので手を伸ばしてそれを掴んでみると……。


「これは——ロケットペンダントか?」


 都合よく目当ての物っぽいロケットペンダントが見つかった。

 俺の声に反応して少女がちらりと視線をこちらへ向ける。

 その瞬間、


「そ、そのロケットペンダントは!」


 またしても少女が俺に急接近。手にしていたペンダントをまじまじと見つめる。


「こ、これなのか? 君が探してたロケットペンダントって言うのは」


「まだ確証はありませんが、中身を見れば……」


 促されるままペンダントを開く。

 するとロケットペンダントの中には一枚の小さな写真が入っていた。

 どこかで見たことのある美人さんだ。彼女が言ってたお母さんだろうか?


「この写真は……間違いありません! 私の、お母様です……」


 そう言った少女はぽろぽろと嬉しそうに涙を流す。

 俺はいたたまれず彼女にペンダントを渡した。ロケットペンダントを受け取った少女は二度と離すまいと全身でそれを抱き締める。


 そんな彼女の姿を見て、ふとマリウスはあることを思い出した。

 この光景、どこかで見たことがある、と。


 ——答えは、すぐに彼女の背後からもたらされた。


「り、リリア王女殿下! 探しましたよ! こんな所にいたんですか……」

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