第2話 悪役貴族に転生してました
訳もわからずベッドに寝かされた俺。
見慣れぬ天井を見つめながら思考を巡らせる。
まず大事なのは、ここが俺の知ってる場所かどうかだ。知らない土地に来てしまったのなら自宅へ帰るのに時間がかかる。時間がかかるということは面倒くさいと言うことだ。
一人残ったメイドさんに質問してみよう。
「あの……」
「はい?」
「この辺りの地名とか知ってたら教えてくれませんか。俺、何も覚えてないので……」
「この辺りの地名、ですか? 王都フェアリスですが……まさか!? その不自然なまでに丁寧な口調といい……マリウス様、ご記憶が!?」
「へ?」
ただ単に地名が知りたかっただけなのに、俺と会話したメイドは心の底から驚愕していた。
整った顔立ちなのにこれでもかと目を見開いていて怖い。
今の短いやりとりに何があったんだ。
「み、みんな来て——! マリウス様が……マリウス様の記憶が————!!」
う、うるさっ!?
急にメイドが叫び始めた。
ぞくぞくと俺の部屋? に集まるメイド達。
先ほどのやり取りを聞いた者は、次々に最初のメイドと同じ反応を示した。
「な、なんだなんだ……変なところでもあったのか?」
どうやら現状を正しく把握できていないのは俺だけらしい。
遅れてやたら美人で豪華な服に身を包んだ男女が現れる。二人は俺の顔を見るなり涙を流して抱きついてきた。
「おお、おおマリウス! ようやく目が覚めたんだな! よかったよかった……医者は助からないかもしれないと言ってたが、さすが俺の息子だ! よく頑張った! あのやぶ医者は処刑しよう」
「あなたがずっとベッドで寝込んでる間、私たちがどれだけ心配したと……! でもこうして元気になった顔を見れてよかったわ。何か欲しい物はない? あなたが望むならなんでも買ってあげるわよ」
「え、あ……え?」
急に美男美女に抱きしめられると反応に困る。
妙に見覚えのある顔だし、俺の知り合いか何かだろうか?
でも男の方が確かに言ったんだよな……俺の息子だ、と。
しかし俺の父親はこんなイケメンではない。外国人っぽくないし純粋な日本人だ。あと仮に隣の女性が母親だとすると彼女もまた俺の母親より圧倒的に美人だ。ありえない。
まだ夢だと言われた方が納得できる。というかこれは夢なのでは? やたらリアルだがきっとそうに違いない。
夢であるなら覚める方法は簡単だ。自分の頬を抓って痛みがあるかどうか確かめればいい。
俺は徐に右手で自分の頬を引っ張る。
すると、
「い、いはい……」
ちゃんと痛かった。残念ながら痛みを感じた。
そしてそれを見た両親? が叫び声を上げる。
「な、何をしてるんだマリウス! せっかく熱が治ったというのに今度は自分のほっぺたを引っ張るだなんて!」
「そうよ、ダメよマリウス! あなたの美しい真珠のような肌が赤くなってしまうわ! 世界の損失よ!」
ええー……。んな大袈裟な。
俺ごときの頬っぺたが赤くなった程度じゃ世界はどうもしない。精々、友人がそれを見て爆笑するくらいだろう。想像したらムカついた。
「母さんの言う通りだ。とにかく今はゆっくり眠りなさい。熱が下がったとはいえまだ病み上がり。お前の体に何かあっては、我がグレイロード公爵家も困ってしまう。わかったら横になりなさい、マリウス」
「は、はぁ……」
言われた通り横になる。
横になってから気付いた。
……グレイロード公爵家? グレイロード公爵家ってなんだ。
日本に貴族なんて風習はない。公爵なんて肩書きはもってのほかだ。
そんな単語が出てくるのは、今どきゲームか小説くらいで……。
「——ゲーム?」
なんだ、ゲームという単語に引っかかりを覚えた。
ゲーム、ゲーム……ゲーム。
最近やったゲームのことが脳裏に浮かぶ。
脳裏に浮かんだ途端、俺は両目をかっぴらいて叫んだ。
「げ、ゲームの中か!? ここ!」
その場にいた全員の視線が俺に集中する。
「ま、マリウス? どうかしたのかい?」
父親らしき男性が声をかけてくるが、今の俺はそれどころじゃない。無視して思考を巡らせる。
間違いない。ここは俺が友人に借りた恋愛ゲームと同じ世界だ。
マリウスという名前。王都フェアリスという地名。見覚えのある夫婦……最後に、俺の口調を聞いて驚いたメイド達の反応。
そこから導き出される答えは、あまりにも悲惨なものだった。
どうやら俺は、車に轢かれて死んだらしい。しかも、生前プレイしてた恋愛ゲームの世界に転生した。
おまけと言わんばかりに、俺が転生したのは主人公やモブではなく……作中に出てくるライバルキャラ——悪役貴族のマリウス・グレイロード!
これは……これは! あかんタイプの転生や……。
多くのメイドや両親が無言で見守る中、俺は全てを悟って死んだ魚のような目をするのだった。
ああ、本当に心底……面倒くさいことになった……。
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