転生した悪役貴族はそれでも頑張らない

反面教師@6シリーズ書籍化予定!

ヒロイン攻略編

第1話 目を覚ましたら

 人は、誰しも夢や希望ばかりを抱いてはいない。お先真っ暗とまでは言わないが、平凡な未来を望む者だっている。


 例えばそれは何の変哲もない高校生活。

 友達は数人で適度にワイワイできればそれでいい。夏休みも文化祭も特別なイベントはいらない。


 ——そう思う人間がいたって何ら不思議じゃないだろう。

 平凡とは字面だけ見ると情けなく灰色に映るが、裏を返せば悲劇も何もないということだ。


 無駄に疲れてまで幸せを謳歌するくらいだったら、適度に楽な道を選んだ方がいい。

 それが俺の信条だった。




 ▼




「それで、ゲームの方はどこまで進んだ? 一人くらいはヒロインを攻略したのかな?」


 時刻は夕方。

 教室の外から見える景色にオレンジ色の光が混じりはじめる。


 そろそろ家に帰る時間かとぼんやり考えていたら、正面の席に座る友人が声をかけてきた。

 そう言えば彼とゲームについての話をしていたのだった。意識を切り替える。


「お前に借りたあのゲームか。ちゃんとやってるよ。もう何人か攻略できた」


「本当かい!? 瞬にしては珍しく真面目にプレイしたね。一体、どんな心境の変化だい? モノグサなのが君の欠点だろう」


「中学からの友人にずいぶんな事を言うな……。まあいい。単なる興味と……楽だから、かな」


「楽?」


 俺の言葉に疑問符を浮かべた友人。僅かに首を傾げる。


「現実で恋愛するのは面倒だが、事前に用意されてるシナリオをなぞるだけのゲームは楽だ。自分が恋愛してる気分にもなれるし」


「ああ、なるほど……。実に瞬らしい回答だ。ある意味、世の中のギャルゲーを愛するゲーマーと同じ答えに行き着いたね。その過程は似てるようでまったく異なるけど」


「何が言いたい」


「だってそうだろう? 恋愛ゲームをプレイする人間の大半が、僕を含めても二次元が好きで好きで好きでたまらず、現実での恋愛に億劫な人種だ。けど瞬は違う。根本的に違う。君はただただ恋愛が面倒なだけ。モテないとかフラれるのが怖いとかそういう感情からくるマイナス的要因じゃない。ほらね? 僕らと瞬はぜんぜん理由が違うだろう?」


 胸を張って何を言ってるんだこいつは?

 よくわからなかったので適当に返事を返す。


「あっそ。お前らと同じだろうがなんだろうが、俺には関係ない。プレイスタイルは人それぞれだ」


「確かにね。まあそんな価値観やモットーの話はどうでもいいんだ。僕が瞬に聞きたいのはただ一つ。ゲーム、楽しかった?」


 そう言ってニコリと笑う友人。

 自分から話題を振っといてどうでもいいとはこれいかに。


 まあその考え自体は俺もおおいに賛成だから無駄なツッコみは入れない。


「……面白かったよ。普段はやらないジャンルなだけに新鮮だった」


「あはは。だろうね。でなきゃモノグサな瞬がわざわざ個別シナリオを終わらせるはずがない」


 こいつ……人のことを褒めてるのか馬鹿にしてるのか。

 たぶん後者だろう。いつかしめる。


「それで、お気に入りのキャラの一人や二人は見つかったかい? 僕としてはメインヒロインのリリア・トワイライトを推すね」


「リリア・トワイライト……?」


 誰だっけ。

 記憶を探ってみる。探ってみると、すぐに答えは見つかった。


「……ああ、あの金髪ヒロインか」


「金髪ヒロインって瞬……それは髪の特徴くらいしか覚えてないってこと? ほんとにゲームをプレイしたんだよね?」


「失敬な。ちゃんと何人かのルートはやったぞ。人の顔を覚えるのは苦手なんだ。……で、なんでそのヒロインがお前の推しなんだ」


「別に僕の推しってわけじゃないよ。瞬みたいなタイプとは相性がいいってだけの話さ」


 相性?


「よくわからん。もっと端的に話せ」


「ごめんごめん。難しい話じゃないよ。根暗でモノグサな君を引っ張ってくれる彼女なら、奥手な瞬でも恋愛を楽しめるだろう?」


「引っ張ってくれる、ね」


 それはなんとも面倒くさい……。


「いま、面倒くさいって思ったでしょ」


 ギクッ。

 たまに鋭いなこいつ……。


「まったく……空想上の相手にくらい自分の理想を押し付けてもいいんだよ。それが恋愛ゲームの醍醐味だ。いくら怠惰で根暗でどうしようもない瞬でも、想像くらいは自由だろう? 実にもったいない」


「うるさい黙れ。俺は誰かを引っ張るのも引っ張られるのもごめんだ。帰る」


 いい加減こいつの相手をするのも疲れた。

 荷物をまとめて席を立つ。


「はいはい。今日も今日とて、瞬は平常運転だ」


 やれやれと友人もそれに続く。

 廊下を染め上げるオレンジ色の光。

 そろそろ夏がやってくる時期だ。蝉のうるさい鳴き声と茹だるような熱気を想像して……俺は心底気分を落とした。


 しかしこのあと、俺は知りもしなかった。

 自分がわき見運転の車に轢かれて死ぬとは……。




 ▼




「——ス様」


 ……どこからか声が聞こえる。


「——リ——ス様!」


 うるさいな。そんな大声出さなくても聞こえるって。


「——マリウス様!」


「……? な、に」


 あまりにも何度も名前を呼ばれて、俺は目を覚ました。

 視線の先には何人もの女性の姿が見える。

 誰だ、こいつら?


「ま、マリウス様!? お目覚めに……お目覚めになられたんですね!」


 俺の顔を覗く女性の一人が、きゃーきゃー言ってその場を立ち去った。

 未だ霞む視界を擦りながら俺は起き上がる。


「ああ、ご無理をなさらないでくださいマリウス様! お体に障りますよ」


「……何の話だ?」


 そもそも俺の身に何が起きた。

 ここまで周りが騒ぐとなると、それなりの大事っぽいが……うん、ぜんぜん思い出せない。


 確か最後の記憶は、学校から自宅へ帰る自分と友人。最後の曲がり角を曲がって自宅が見えた瞬間に……。


 ——あ、思い出した。

 俺、車に轢かれたんだ。おそらくわき見運転のクソ野郎に。


 しかし、ここはどう見ても病室とは思えない。まさかとは思うが天国とか言わないよな?

 よく見たら俺の周りを囲む女性は全員がメイド服を着ていた。


 オタクにとってはまさに天国だな。俺はそこまで好きでもないが。


「マリウス様は、数日前に高熱を出してずっと寝たきりだったんですよ? 今はゆっくりとお休みください」


「熱? 骨折とか心肺停止じゃなくて?」


「え、ええ。酷い熱でした。昨晩もうなされてたようで……」


 ん、んん?

 どういうことだ?

 車に轢かれたはずなのに熱を出して寝込んでた?


 繋がりがまったく見えない。

 第一、さっきからずっと疑問だったんだが……マリウスって誰だ。


 平然と受け答えしてたが、俺の名前は灰葉はいばしゅん。マリウスなんて外国風の名前じゃない。生粋の日本生まれ日本育ちだぞ。


 ……あれ?

 もしかしてこの状況……俺が想像するよりヤバイかもしれない?






 俺がそれに気付くのはもう少しだけ後のことだった。


———————————————————————

あとがき。


読者の皆様方、一読ありがとうございます。

新作はまたしても悪役貴族ものです。


なるべく1日に1話以上投稿できるよう頑張ります。

☆やいいね(♡)など貰えると作者としてたいへん励みになります。

気が向いたらよろしくお願いします!

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