第51話 魅惑的な振る舞い
「これ、タオルと水です……」
「ありがとう」
食事を終えたところに、マーテルが空いた食器を片付けに来た。その手にはタオルと水が入ったバケツを持っており、交換する際に手を触れ合わせると逃げるように階段を上がっていった。
愛の祝福が効いているような、効いてないような。刺される手前で抑えたいが、コントロールできるのかという問題がある。
タオルは二つあるので片方をミセルに渡し、背中を向け合って身体を拭う。人間らしい生活を送らせてもらえるのはありがたい。
「風呂代わりのサービスはいつも通り?」
「はい。あ、でも渡されるタオルは一つでした」
なら多少は意識してくれたと思っていいな。積極的に動くと事態の進みが早い。ナイフへのカウントダウンが始まったとも言えるし、恐ろしさはあった。
ふと後ろで聞こえる衣擦れの音に今さらながらハッとする。異性で、それも相手がサキュバスだと考えたら妙な気分になってきた。魅了が効かなくても元の世界で育んだ、偏った知識が余計な働きをするので厄介だ。
一瞬だけ、と後ろに視線を向けるとミセルが服を全部脱いでいた。効率的に身体を拭えるけど大胆だな。
命令されて何人の男を魅了してきたかは見当もつかないが、今までは後ろを向いてろと指示すれば済んだはず。無警戒なのは習慣になってるからか。むしろ、見られたところでノーダメージだったり?
自分の身体を拭うのも忘れて見入ってしまう。翼がある下、背中の綺麗なラインに続く尻の割れ目がとても気になる。エロい意味ではなく、生えた尻尾が揺れるためだ。
俺が猫なら誘惑に勝てず触りまくってたな。だが今は普通の人間。ジッと眺めるにとどめ……。
「ん……? ひゃっ!」
視線に気づいたミセルがちらりとこっちを見た後に、悲鳴に似た声を上げて背中を丸める。その反応に熱いものが胸の中に広がった。
サキュバスと言えば痴女代表だと思ってたのに。恥じらう姿は新たな性癖に訴えかけてきた。
「あの……向こうを見てください……」
「了解」
嫌われるのは悪手。姉を人質に都合よく使う連中と同じ印象を持たれるのは避けて、全面的に従う。前を向いて身体を手早く清潔にし服をちゃんと着直した。
すぐさま振り返るとミセルが服を着ている最中で、眼福な光景に一人頷く。これは、あくまで身体を拭い終わったか確認するために見ただけなのでセーフ。自分が終えたのだから当然の行動だ。
服を急いで着こんだミセルと目が合う。赤面する様子と乱れた髪の毛を整える仕草には、求める全てが詰まっていた。この世界にいるサキュバスは清楚を装うスキルに長けているのか。
普段接する機会が多かったラヴィとの違いに、なぜかため息が出る。愛の女神なんだったら、もっとそれっぽく振る舞ってほしかった。
ともかく、サキュバスの恐ろしさは身をもって理解した。魅了以前に抗える男は皆無だろう。利用する人間が現れるのもわかる。
タオルを使い終わった後はやることもなく、何もせずに時間を過ごす。
「尋問の相手も女の人でいいんだよな?」
「そ、そうですね……」
そこで愛の祝福が力を発揮するのを期待したいが、尋問の時間中に刺される手前までヤンデレ化を進行させるのは厳しい。そもそも、向こうが愛に恵まれた人物の場合は無意味。いざとなれば全裸で強引に注意を引いてみるか。
作戦をぼんやり考えつつ、ごろごろしながら時間を潰す。ヨークスは俺が出払ったままなのをどう感じてるかな。トラブルに巻き込まれていると察して、探しに来てくれると助かるんだが。どうせ飲み潰れていると思われて終わりか。
ミセルはこんな場所にずっと閉じ込められてたんだな。仕方がないとはいえ、かなり堪えるはずだ。
「全部投げ出して逃げようとはしなかったのか?」
嫌になる瞬間は何度もあったと想像できる。町に出るタイミングはあったんだし、一人で逃げる分にはなんとかなる気がした。
「お姉ちゃんがいるから……」
エルフと同じで長寿でなければ少女に見える。家族を見捨てるのは難しいか。
「わたし、お姉ちゃんがいないと何もできなくて……」
「それは勘違いだ」
「……?」
今回はいつもと異なるんだと、ミセルに自覚を促す。諦めるのではなく前向きに、解決の糸口を共に見つけてもらいたかった。
「実は、俺がここに来たのはある目的があってのことなんだ。町で悪さをする連中を探って捕まえるための、言うなればエージェントか」
ミセルはポカンとした表情で俺を見た。
「衛兵に成りすましていたところ、あるサキュバスに出会った。それがミセルだ。姉を想う気持ちが突破口を開いたんだな」
適当に言葉を紡ぐが、そう的外れにはなってないと思う。
「俺が来たからには姉との再会も目前だ」
俺は異世界にきて家族とのつながりを失っている。久しぶりに少しアンニュイな気分になったが、せめてこの子にはな。すっかりサキュバスに毒されてしまった。
「えっと……」
「一緒にここを抜け出すぞ」
「が、頑張ります……!」
ちょっとした老婆心であれこれ言ったが、おそらく信頼は得られたな。騙すつもりはなく、俺も精一杯に頑張りたい。
使用人に愛の祝福が引っかかった感触はある。文字通り死ぬ気で挑むしか道はないし、例え時間が巻き戻ってもミセルにはまた会いに来よう。
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