第50話 サキュバスになろう

「俺への尋問はいつになる?」


「それは決まってなくて……数日後、というときもありました」


 割と適当な扱いだな。閉じ込めてさえおけば余計な話は広まらずに済むし別にいい、って考え方か?


「尋問で痛めつけられたりするのは避けたいんだが、そこら辺は……」


「わたしは見たことないです」


 魅了状態で全てを喋るから余計な手間は不要か。


「でも、ここを離れた後はどうなるか……」


 拷問の心配はなくても、最後はあの世へ出荷される可能性が濃厚だ。


「ミセルの姉が助かる条件は?」


「わたしが従っているうちは大丈夫だって……」


 あまりに一方的すぎる内容だ。姉が無事かの確認も人づてなんだろう。


 現状を変えるために何か行動を起こそうとは思わないのか、と傍からなら好き勝手に言える。自分がミセルの立場だったとしたら、難しさは理解できた。


 助けを呼ぼうにもサキュバスだ。人間だらけの町で見つかれば一発アウトな気がする。


「魅了の魔法が男女にかかわらず効果を発揮したりは……?」


「いえ、男の人だけです」


 それだと、男を魅了で操っても女の冒険者が立ちはだかるな。


「この建物にいるのは女の人ばかりで……」


 基本的なサキュバス対策がされているのは当たり前か。そして、他の懸念が頭をよぎる。愛の祝福についてだ。


 どんな扱いを受けるかは謎で数日を過ごすとしたら、ここを任されている人物たちと飲食の世話などで顔を合わせる機会が訪れる。たぶん、何かしら俺に聞きたいことがあるんだ。その前に死なれると困るはず。


 刺される危険性は潜んでいるが、そこまで進行するのは会話を何度も交わしてから。時間的な猶予はまだまだ……。


「いや……」


 あえて愛の祝福を利用する手はあるな。刺されるのを覚悟で情報を引き出す、まさに肉を切らせて骨を断つ作戦が。


 急に黙ったのでミセルが首を傾げる。サキュバスとはいえ、目の前の少女にも刺される不安はあった。


 もう、前のめりに行くのが今の状況を打開するのに必要な気概か。この際死ぬのはともかく、気がかりなのは巻き戻る地点だ。


 ラヴィの仮説でいくと、ペルナの愛を取り戻さないと町の牢屋へ逆戻りになる。さすがに、あの地点に戻るのは色々と辛かった。


 仮説が間違ってるのを祈ると同時に、現在進行形で頑張ってる姿にも評価点がほしい。


「ふわぁ……」


 思い出したように眠気が襲うものの、牢屋にはベッドが一つで男女が二人。サキュバスと同室なのを考えて急に緊張してきた。




 ◇




「……」


 寝返りを打って目が覚める。木の板が敷かれた牢屋で心地良さはあるが、床で寝るのは身体中が痛くなった。


 日の光がなくて時間帯は不明でも、眠気の具合で夜は明けた気がする。ベッドではミセルが気持ち良さそうに寝ていた。


 どちらがベッドで寝るかを譲り合って粘り勝ちした結果、俺が床で転がることになった。てっきり一緒に寝ればとサキュバス的発想で言われると思ったけど、どうぞどうぞが一生続いた。別に期待してたわけじゃないが。


 鉄格子に近寄って廊下を確認する。申し訳程度の灯りが見えて、左側に上へ続く階段があった。


 右側は真っ暗で人の気配が皆無だ。捕まってる人間は俺だけか。


 でかい剣を振り回すウィスだったらこの鉄格子も素手で破壊できそうだな。しかし、普通に逃げてしまうとミセルの置かれた状況が悪化するのは確定事項だ。


 エルフやダークエルフと同様で、個人的にはサキュバスにもポジティブな印象を持つため無下にはしたくなかった。そもそも、他人の心配をする余裕がお前にあるのかという立場なんだが。


「んっ……」


 声が聞こえて後ろを向くとミセルが起き上がった。


「あ、おはようございます……」


「……おはよう」


 なぜか気まずい空気感が流れる。意識がはっきりする男と牢屋に入るのは初めてなんだろう。人間が恐れる対象なのはわかるが、逆に人間を恐れる気持ちは持ってるのか?


 こっちは魅了などの魔法から身を守れる、言わばサキュバスに対し特攻を持っている存在だ。おそらく愛の祝福が初めていい仕事をしたが、サキュバス周りに広まると天敵認定されかねない。


 ミセルがどう思ってるか察するのは難しい。身体は華奢なので、戦闘能力自体は低く感じる。取っ組み合いになれば勝てるはずだ。


 協力関係が終わった後のことを考えて一人で安心していると、牢屋の外で誰かが階段を下りてくる。姿を見せたのはメイド服を着た使用人っぽい女の人で、お盆を持っていた。


「食事です」


 鉄格子の隙間から差し出されたのをミセルが受け取る。すかさず、使用人の手を取って行動だ。


「ソーダと言います。貴方のお名前は?」


「あ、え……? マ、マーテルですが……」


 よく見ると胸が大きくて少し面食らう。黒い髪はパーマがかかったようで、目元には薄いそばかすとクマがある。愛に飢えていそうだと失礼な印象を受けた。


「すみません……」


 使用人のマーテルが手を振りほどいて行ってしまう。愛の祝福が悪さをするのを願って待つか。協力者が増えれば取れる手段が多くなる。


「あの、あまり自由にするのは怪しまれるので……」


 本来は魅了でミセルが俺を操っているんだったな。勝手な振る舞いは控えるべきだけど……。


「実は女の人にはモテるんだ」


「え?」


「全員を味方につければ作戦が広まるだろ?」


「そ、そう……ですね?」


 明らかに困惑を含んだ表情を見せる。不本意ながら、俺のほうがよっぽどサキュバスらしい気がしてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る