第49話 馴染みの鉄格子
馬車に身体を揺られながら、自分の迂闊さにため息が出る。俺自身が狙われているなんて微塵も考えてなかった。
ただ、少女が助けを求めているのは事実なんだろう。ある意味、この状況はチャンスでもあった。
野盗が紅盗賊団になりきっていることが広まると困る連中がいて、それを防ぐために捕まえられたと見える。命令を無視するやつは、どうせ言いふらすと思われたか。
一部の衛兵とつながりを持つ悪徳貴族が後ろにいるのは想像できる。上手く探って何かしらの情報を持ち帰りたかった。
不安なのは愛の祝福と無関係のところで死んだ場合に、ちゃんと時間が巻き戻ってくれるかどうかだ。
愛を取り戻す気のない輩に人生をやり直す資格なしと判断される可能性はあった。誰に、と考え始めると沼なので諦める。ラヴィがもっと女神らしければな。
しばらくすると揺れが収まってくる。夜じゃなかったら喧噪の有無で場所の傾向を特定できたんだが。
(降ります)
完全に動きが止まると目隠しのままで荷台を降ろされる。その後は手を引かれて屋内に連れて来られたのがわかった。
少しかび臭さを感じる。空間を把握するのが難しく階段をゆっくり下りていくと、肌寒さに嫌な予感がした。
カチャン、という金属の音で崩れ落ちたくなる。最後に鍵が閉まる音が聞こえて目隠しが外れた。
「……」
薄暗い部屋で、まず目に入ったのが鉄格子。完全に牢屋でまったく驚きはなかった。何度目の収監だ。
牢の中にはテーブルと椅子にベッドもあって、これまでに比べると快適度は高い。さらに、隣に黒い翼の少女がいて首を傾げたくなる。
「えっと、ミセルと言います……」
「……ソーダだ」
のんきに自己紹介をしてる場合かと言いたいが、コミュニケーションは大事だ。とりあえず話は通じそうでひと安心する。
「ミセルは一緒に牢屋の中へ入る役割なのか?」
「監視役です」
聞かなくてもわかってたが、飲み込んで納得するのは別問題。本人の口から説明がほしかった。
「普通は外で見張るものだと思うが」
「わたしも自由がないので……それに、本当はソーダさんを支配下に置けるはずだったんです」
「魔法か何かで?」
「はい」
やはり、あのやり取りは攻撃をしかけられてたんだな。
「そっち方面には疎くてどんな効果か知らないんだが、教えてもらえるとありがたい」
「えっと、ひとつ目に使ったのはチャームフェザーという魔法で、相手を魅了状態に陥らせます」
魅了……悪用し放題な魔法か。
「二つ目のソウルアブソーブは精神や性的な力を吸い取るんですけど、その……」
ミセルがなぜか顔を赤らめる。
「わたしの許容量を超えるのは初めてで、今まで気を失うことはなかったです」
その反応だと主に性的な部分が強調されて見えてしまう。俺が絶倫みたいになるしやめてほしい。魅了が効かなかったのを含め、絶対に愛の祝福が影響してるから。
「黒い翼は魔法の作用で合ってるか?」
「あ、それは……」
後ろを向いたミセルが黒い翼を普通に広げる。服の背中部分がめくれるようになっていて、肌に直接生えているのがわかった。加えて短いスカートから黒い尻尾が出てきて、先っぽがハートに似た形でドキリとする。
「サキュバスなんです」
「へぇ……」
表向きは極めて冷静に受け止めるが、クーラとラピスに出会ったときと同じぐらいの衝撃だった。
確かに魔法の効果はサキュバスを連想させる。まさか町の中にいたとは……いや、たぶん悪徳貴族が利用するために首輪をつけてたんだな。
「サキュバスには初めて会った。羽と尻尾以外は人間とほぼ同じか」
「頭に小さな翼もあるんです」
髪の毛に畳まれていたらしく、背中に生えた翼より小さいものが現れた。これが異世界の男を骨抜きにした存在か。
他にも気になることは多い。ここで聞けるだけ聞いておこう。
「俺が連れて来られた理由は?」
「わたしにはわからないです……魅了の魔法で従わせて質問に答えさせるのが、与えられた役割なので」
強制的に口を割らせる手段があるのは反則級だ。となると、俺に聞きたい何かがある?
「誰の指示かは?」
「それもわからなくて……」
重要な内容は知らされずか。
「この場所についても?」
「ごめんなさい……」
ミセルも似た立場だとしたら深く探るのは難しいな。
「近くに姉はいるのか?」
とにかく、仲間意識を持って事に当たるのが一番だ。
「実はどこにいるのかも……」
結局はいいように使われているんだろう。お互いの目的をすり合わせて、どうにか切り抜けたかった。
本来なら俺は操り人形で干渉できなかったはず。付け入る隙ができたのは大きい。ミセルにあれこれ吹き込んで、裏で糸を引く人物の特定を目指そう。
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